それっぽい描写があるので、R-15とさせていただきます。
軋む廊下を軽い足取りで歩くのはパブリックフォンだ。
楽しげな様子は、今にも鼻歌を歌いそうなほどだ。
お目当ての人物がいるであろう部屋の前に立つ。ノックをするなどという思考は持ち合わせていない。何の断りもなくドアノブに手を伸ばす。
「あ、そうだ」
ふと思いついて膝を床につけ、鍵穴を覗きこむ。いつだったかボーイがやっていたように。
部屋の中にはやはり目的の人物がいた。ベッドの上で目を閉じている。眠っているというよりは、座禅を組んでいるように見える。
「今日の公演は終わったはずだけどな」
ポツリと呟き、だからこそああしているのだと気づく。
彼はボンサイカブキ。人の妄想を覗くことができる。また他人の妄想を覗き、一人幸福感に酔いしれているのだろう。自他共に認める快楽主義者のパブリックフォンではあるが、ボンサイカブキも中々の快楽主義者だ。他人の妄想を見て、さらに金を貰う。なんと楽しそうなことだろうか。すべてが終わった後も、ああして頭の中で再び楽しむことができる。
どのような行為を思い出しているのだろうか。我慢できなくなったパブリックフォンは勢いよく扉をあけた。
「よお」
「久しいのぉ。お主の方からくるとは珍しい」
薄く眼が開けられる。
「たまにはな」
「それで、用件は」
パブリックフォンの頬をボンサイカブキの指が撫でる。それをそっと掴んで、ほほ笑む。
「一つに決まってるだろ?」
楽しいことをしようと誘いをかける。
二つ返事でそれを承諾したボンサイカブキは彼をベッドに押し倒す。いつも通りに服を脱がせる。ヘッドフォンは外さない。そのおかげで、白い肌に黒い線がよく映える。
先ほどの言葉の通り、ボンサイカブキはその肌を久々に見た。にも拘わらず、その肌にはいくつかの赤い跡が残っている。こちらにきていない間、誰かと遊んでいたことはわかりきっている。今更その程度のことで萎えたりはしない。赤い跡をなぞるように新しいものをつける。
「何だ。今日はえらく優しいじゃん」
「たまにはの」
「それオレの真似かぁ?」
「どうだろうな」
似てないと笑う。
パブリックフォンは人の真似をするのが得意だ。姿形を変えることはできないが、声真似ならばこのホテルにいる誰よりも得意だ。
「なあカブキ」
「なんじゃ」
甘くとろけた目がボンサイカブキをぼんやりと映している。自分だけに与えられる快楽に彼は弱い。もっと依存してしまえばいいのにと、ボンサイカブキはいつも思っていた。
ボンサイカブキの胸を指先で撫でながら、言葉を紡ぐ。
「真実の愛って知ってるか」
思いもしなかった言葉に目を丸くする。
快楽主義者で、自分以外の人間に興味を持たないパブリックフォンらしくない言葉だ。真実というものがついているあたり、審判小僧の誰かがいらぬ知恵を入れたということは察することができる。
小さく笑いながら、ボンサイカブキは行為を進めていく。
「のう、パブリックフォン」
「ん、なんだ」
頬にさす赤みが可愛らしいと思う。
「真実の愛とやらはわからん」
優しい手つきでパブリックフォンの体に触れ、柔らかくほぐしていく。
「じゃがもしも、その愛とやらが」
「愛とやらが?」
息を荒くしながら二人は互いに目を合わせる。
穏やかな沈黙の後、ボンサイカブキは先ほどまでの優しさが嘘のように荒い手つきになる。傷つけられるのと同じくらいに激しい行為だった。
それでもパブリックフォンは逃げ出すことをしない。いつものことなのだ。
先ほどまでの優しさの方が異常で、恐ろしく感じる。いつも通りの荒っぽさにパブリックフォンはむしろ声に色をつけた。
「このように相手を痛めつけたいと願うものならば」
「っく、あ……」
声がとぎれとぎれになる。息をすることがこれほど難しいと感じるのはこの時だけだ。
「縛りつけて閉じ込めて、それでも自分だけにはと願うことが真実の愛ならば!」
強く握られたシーツにしわが寄る。
喜びが込められた音がパブリックフォンの喉から溢れる。彼の耳にボンサイカブキの声は届いていないだろう。
「どう思う?」
返事はない。
先ほどの言葉には二つの意味があった。一つは真実の愛に対する問い。もう一つはこんな感情を抱く自分をパブリックフォンがどう思うかということだ。
この感情をパブリックフォンが重いと感じれば、彼はあとくされなく去って行くだろう。楽しくないと思えば今までの記憶もすべて捨ててしまえるような人間なのだから。
すべてが終わった後、パブリックフォンは静かに寝息をたてていた。いくら彼とはいえ、ボンサイカブキの荒い行為には体力が持たないらしく、いつもこうして寝むってしまう。
「このまま監禁してやろうかのぉ」
物騒なことを呟き、ボンサイカブキは口角をあげた。
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