「強く、悲しい人達が来る……」
 実来がそう言うと、さつき達は実際に起こることとして感じた。未来を見る少女、実来が言うのだから…。
 それが一体いつのことになるのかは分からないので、さつきはお化け日記を手放さないようにしていた。
 そんなある日、沖縄からあるおばあさんんが来た。そのあばあさんは先生の親戚で、今回この近くに用事で来たそうだ。
 そしてそのついでに、と頼み込んで戦争の話を聞かせてもらうことになった。
「どんな話だろうな?」
 ハジメが陽気に聞いてきた。
「さぁ、でもきっとすごい話よ」
 さつきが返す。
 そんな話をしながら、おばあさんを体育館で待っていた。
 さつき達は実来の予言の話など、どこか遠くに行ってしまっていた。
 おばあさんの話はさつき達が思っていたよりも、衝撃的であった。
 将来の夢を持っていた同じ年ぐらいの子供が、兵隊によって校舎を奪われ、空襲で飛び散った肉片が建物にへばり付いていたらしい。
 そんな子供達もいつしか戦争へと動員されていく。男は兵隊、女は「ひめゆり部隊」へと――。
 何の知識もない女達でも、傷ついた兵隊を手術する。しかしそれは手術や手当てというにはあまりにも簡単なものであった。
 消毒液で傷口を消毒し、銃弾を受けた手足を切り落とす。
 寝る暇もなくそんなことが続けられる。
 日本は勝っていると信じて、少年少女達はお国の為に戦った。
 傷ついた兵隊にはしだいにうじがわいた。肉を食いちぎる音と、痛みが兵隊を襲う。
 摩文仁(まぶに)へ行くことになったとき、傷ついた兵隊達はトラックで運ばれると聞いていた。真実は、青酸カリ入りのミルクを飲ませ、直接手を下されていた。
 魔文仁へ行く途中、別れた友達と出会った時の歓喜の思いがまた強く感じられた。
 そんな日々が続いたある日「解散命令」が下された。それは軍と一緒なら誇れる、偉大な事だと信じていた少女達には衝撃的であった。
 泣き泣きお別れ会をしている途中、米軍に囲まれてしまい、その後降参せずにいたため、毒ガスを入れられ多くの仲間が死んだこと。
 確かに死んでいた。「天皇陛下万歳」と叫びながら自決した仲間もいた。血の海を見た子もいた。
 仲良しの友達や、先生の上体がなかったり、内臓が出ていたり、それが戦争という事を、静かに、確かに聞いた。
「……すごかったな」
 話が終わってからずっと黙っていたハジメがポツリと呟いた。
「…うん」「…ええ…」
 実際話を聞くと、衝撃的だったようだ。
「たっく情けねぇな」
 どこからか、いつもの人を小馬鹿にした様な声が聞こえた。
「何よ天邪鬼!」
 声の主、天邪鬼は開いている窓に寝そべっていた。
「へっ、俺様は直にその戦いを見てたんだぜ?話だけでそんなに沈んでる奴なんて情けねぇだけさ」
 天邪鬼のどこか人を見下したような態度はいつものことだが、さつき達は戦争のことについて話してくれたおばあさんに悪いような気がした。
「もう!あんたなんて知らない!!ハジメ、レオ君、あのおばあさんの所にお礼を言いに行こう!」
 おばあさんがいるはずの、客間へと足を向けるさつき、その後をハジメとレオが追う。
「……何だよ…」
 置いていかれた天邪鬼は静かに呟き、さつき達の後を追いかけた。
 おばあさんの部屋をノックしたさつきだが、返事がない。変に感じてドアに耳を当ててみると中から苦しそうなうめき声が聞こえた。
「おばあさん?!」
 慌てたさつきは、勢いよくドアを開けた。
 そこにはうずくまって許しを請う様なうめき声を上げているおばあさんと、青白く光る軍服の少年と制服の少女がいた。
「ねぇ……どうして?」
「私たちは死んだよ?」
「俺たちも頑張ったのに」
「死んだのは俺たちだけ」
 口々に言う少年少女は、おばあさんを責めている。
「やめてよ…やめて!!」
 さつきが叫んでも、少年少女は言葉を止めない。
「さつき、お化け日記は?!」
 ハジメの言葉で、さつきはお化け日記を素早くめくった。
「ない……」
「そんな!本当ですか?!」
 さつきの言葉に戸惑いを隠せないレオ
 それもそうだこの少年少女はあきらかに「お化け」である。なぜ分かるのか?
 それはあの少年少女は偽者だから―否、偽者というよりも思いが「お化け」へとなった者だから。
 本物の幽霊がいまさらここに出る必要はない。出るのならばもっと早いはずだ。
「ど…どうしよう」
 焦るさつきは、どうすればいいのか分からない、何かをしなければならないが、何をすればいいのか分からない。
「さつき!霊眠てのは、一つじゃねぇ…霊眠させる本人の思いとそれを補助する道具を使うだけのことだ!だからお前にも出来るはずだ!」
 天邪鬼の言葉は確かにさつきにとどいた。
「分からないよぉ……」
 しかし戦争の話のすぐ後で、戦争に関わった少年少女のお化けを見たことによって、不安定なさつきの心では、それを受け入れる余裕がなかった。
 涙を流すさつき、うめくおばあさん、混乱するばかりのハジメとレオ……。そんな混乱状態の中、さつきの声が止んだ。
 それに気がついたハジメとレオの声もとまった。
「………冷静になれ…」
 さつきの頬には三本の赤い爪あとがあった。天邪鬼がさつきを引っかいたのだ。
「……うん」
 痛みで冷静になったさつきは、素早く呪文を考え出した。
 そしてうめくおばあさんから、お守りにしていたという銃弾を借りた。それはまるで昔から知っていたかのように素早い。
 人はそれを本能と言う――。
「平和は守ります 平和は守ります」
 さつきは銃弾を少年少女の目の前に突き出した。
「だから眠ってください」
 少年少女は銃弾に吸い込まれていった。
「終わったのか……?」
 今回は何の役にも立てなかったハジメとレオが呟いてから、気絶したおばあさんを横にする。
 まだ実感がわかないのか、ボーとしているさつき、その頬からは赤い血が流れていた。
 その赤い血はいきなり舐められた。
「ひゃぁ!!」
 さすがに驚いたさつきは悲鳴を上げた。横を見ると、いつものように憎たらしく笑う天邪鬼がいた。
「まぁ上出来だぜ?」
 霊眠のことを言っているのだろう。
「……まあね…それよりあんた、女の顔引っかくなんて信じられない…」
 さつきに言われて、少しドッキとした天邪鬼が、そっぽを向きながら言った。
「…悪かったな………」
 さつきもまさか謝られるなんて思いもしなかったため、驚いた。
「それより!お化け日記はあくまで自力で霊眠出来るまでの補助なんだからな!これからは自分で何とかしろよ!!」
 それだけ言うと天邪鬼はさっさとどこかへ行ってしまった。
 何とも言えず立ち尽くすさつき達であった。
 さつきが霊眠の時に言った「平和は守る」果たしてそれは可能なのだろうか?
 今の時代、「戦争しない国」という日本が「戦争が出来る国」になりつつある……
 未来を担うのは子供達だが、今現在決定権は一部の大人にある。
 少しずつでもいい…今の子供が戦争をさせない国へと大人たちを導きたい――。


第七話 美形