夕方、さつきは一人で帰り道を歩いていた。
今日ハジメ達はそれぞれ用事があったし、敬一郎は短縮授業で先に帰ってしまっているのだ。
「はぁ〜。一人で帰るのってなんだか退屈ね〜」
さつきが一人呟きながら歩いていると、小学校の旧校舎を見つめる男が目に入った。
金髪の長い髪に蒼い瞳、一般的に美形といえるその男は、さつきの目線に気づいたのか、さつきの方に歩み寄って来た。
「君…ここの旧校舎の噂知ってる?」
「えっ…ええ……お化けの噂でしょ?」
さつきが言うと、男は優しく微笑んでさつきの手を握った。
「そうなんだ!僕は正樹って言うんだけど、お化けとかが好きでね、ここまできたんだ!良かったらどんな噂があるか教えてくれない?」
正樹ほどの男に頼まれれば大抵の女は断らないだろう。さつきも、つい正樹の頼みを了解してしまった。
「でも…今日は夕飯を作らなきゃいけないから……明日、同じ時間ここで会いましょ」
約束をした二人はそこで別れた。
家に帰ったさつきは、何をしていてもどこかボーっとしていた。
「おいさつき、何ボーっとしてんだよ」
「え?別に…何も?」
何を言っても軽い反応しか示さないさつきに、宮ノ下家は違和感を感じずにはいなかった。
「あっ……明日、夕飯作れないから適当に作ってね」
それだけ言うと、さつきは自分の部屋へ篭ってしまった。
次の日もどこかボーっとしているさつきに、周囲は違和感を感じながら日が暮れてくる。
「待った?正樹君?」
昨日のあの場所で正樹はいた。
「全然、ここで話すのもなんだから旧校舎に入ろうか?」
正樹に手を引かれ、旧校舎の中へ入っていくさつきを天邪鬼は見た。
「おい!さつき?!」
天邪鬼の声はさつきには届かなかった。
「あいつは…ちっ!あいつの結界の中に入れるのは『人型』だけ……」
天邪鬼は正樹を見て、正樹が人間でないと判断した。
さつきと正樹は旧校舎を歩きながらお化けの話をした。
「それでここには……正樹君?」
お化けの話をしていたさつきが、黙ってしまった正樹を心配そうに見つめる。
「いや……あのね、君はお化けの話もたくさん知ってるし…かわいいから、僕の理想だと思ってね」
正樹が顔を微かに赤くしながらさつきに言った。
いきなりのことで、慌てふためくさつきを正樹は抱きしめた。
「好きなんだ……さつきちゃん…」
正樹のような美形に告白されれば、嬉しいのは当然だが、さつきの中には何か違和感があった。
『…正樹君にこんなこと言われたら嬉しい…よね?でも何か違う…みたい……』
さつきの頭の中に同級生の男の子二人が浮かんだが、友達や仲間といった感情しか生まれない。ふいに、真っ黒な猫の姿が浮かんだ。
『!!そんなわけないじゃない!』
そう思いながらも、違和感は残ったままなのでさつきは正樹から体を離した。
「あのね正樹君…気持ちは嬉しいけど―――!!」
体を離したさつきが見たのは、正樹の背中から出る幾多の触手であった。
「きゃあああああ!!!」
さつきは慌てて正樹との距離を置いた。もう少し体を離すのが遅ければ完璧に触手に絡み取られていた。
「さつきちゃん……離れないでよ?」
正樹の表情は笑顔だが、その分恐ろしさが増してくる。
「いやぁ!こないでぇ!」
さつきは必死の思いで叫んだ。
今は仲間もお化け日記も何もない。しかもさつきは恐怖で混乱している。
この状況では霊眠方法など思いつくはずがない。
触手がさつきに近寄ってきた―――。
その触手はさつきに触れることはなかった。
触手の本体である正樹を、何者かが殴り飛ばしたからである。
「だっ……誰?」
さつきは恐る恐る乱入してきた者に問いかけた。
さつきの方に振り向いた男は正樹に負けないほどの美形であった。しかし正樹のように優しい美形でなく、クールな美形であった。よく言えば炎、悪く言えば血のような色の長い髪と、蒼と金のオッドアイは、どこか見知ったものであった。
「まったくこんな奴に騙されてんじゃねぇよ」
その声は、口調は確かに知っているものであった。
「あ…天邪鬼…?」
さつきがまさかと言った感じで尋ねると、男は不適にニヤリと笑った。
「ああそうだぜ?ボーとしてんなよ?」
さつきがその言葉に呆然としている間に、天邪鬼は先ほど殴り飛ばした正樹のほうへ移動した。
「あいつに手ェ出すんじゃねぇよ…殺すぞ」
天邪鬼は正樹の触手を切り裂いた。
触手には神経が通っていないらしく、平気な顔をする正樹の頭を天邪鬼は鷲掴みにした。
「なっ…何を……する?」
「お前は霊眠なんてさせねぇ…死ね」
天邪鬼は手から霊力を放出した。すると正樹の中で何かが弾けるような音がして正樹は消えた。
「正樹君?」
さつきが呆然と呟くと、天邪鬼はため息混じりに説明した。
「あれは分かってると思うがお化けだ、異性に化けて人間を食っちまうな…俺様があいつの中に送り込んだ霊力を暴れさせて……消滅した…霊眠ではない、消滅だあいつはこの世にはいない」
さつきは淡々と説明する天邪鬼を始めて恐ろしいと感じた。
「でも――助けてくれたんだよね?」
さつきが聞くと、天邪鬼仕方なしになと答えた。
旧校舎から出ると、もう辺りは真っ暗だった。
「…天邪鬼って…カーヤの中に入ってたよね?」
さつきが今まで触れなかったところに触れた。
「ああ、だから目の色が違うだろ?」
「いや…なんで人の姿なの?」
天邪鬼はさつきの質問にただ一言、
「なれるんだよ」
とだけ答えた。
いつもならまだ質問を続けるさつきだが、今日はいろいろな事があったので、ただ黙々と家への道を急いだ。
第八話 理由