一日たっぷり寝て、いつも通りに学校へ行って、日常に戻ってきた。
 日常に戻ることで、どうでもいいと思っていた疑問が浮上してきた。
 何故天邪鬼が人の姿になれるのかという疑問が。
 確かに天邪鬼はお化けだが、今の身体は猫のカーヤなわけで、天邪鬼が人の姿になったということは猫が人間になったのと同じ意味を持つのだ。
「ねえ……猫って人間にはならないわよね……」
 唐突なさつきの言葉に、いつものメンバーは言葉をなくした。
 頭の中でゆっくりさつきの言葉を繰り返し、意味を考えた。
「当然だろ」
「ですね」
「そうですわよね……」
「お姉ちゃんどうしたの?」
 口々に言われ、軽く傷ついたさつきであったが、すぐに気を取り直して昨日みた人型の天邪鬼のことを話した。ただし、正樹のことは恥ずかしいので上手く誤魔化した。
「それは聞き捨てなりませんね〜」
 一番興味を示したのはレオであった。
 お化けが人の姿になるということに、心霊研究家の血が騒いだのだろう。身を乗り出して詳しく聞こうとするレオの襟を引っ張り、さつきを助けたのはハジメであった。
「まあ興味はあるな。あいつがどんな姿か」
「僕も〜!」
「私も見てみたいですわ」
 結局、その場にいた全員が見たいと言うので、さつきの家に行くことになった。
「で、俺様を捕まえたってわけか?」
 塀の上で昼寝をしているところを捕まえられ、酷く機嫌の悪そうな天邪鬼がいた。
 天邪鬼を囲むようにして座っているレオ達が目を輝かせている中、さつきだけは人型になれる理由を追求しようと真剣な表情をしていた。
「大体よ……さつき、てめぇ昨日は『なれる』で納得したじゃねぇか」
「昨日は昨日!」
 天邪鬼の反論を許さぬかのようにさつきは大声で怒鳴った。
 その恐ろしい剣幕に思わず天邪鬼を含めた全員が身をすくめた。
 沈黙を破ったのは、心霊研究のためなら命を捨てる覚悟のレオであった。
「とっ……とりあえず、天邪鬼が本当に人の姿になれるか見てみたいんですが……」
 レオの言葉に頷くハジメ達。その輝く瞳に、逃げられないと悟った天邪鬼はため息と共に身体を奮わせた。
 天邪鬼の身体が青白い光に包まれ、身体の形が変わる。
 光が消えたときには、赤く長い髪、金と青のオッドアイという日本人離れした青年の姿があった。
 桃子と敬一郎は素直に凄いと感心して、ハジメは外見が負けたとショックを受け、レオは興味津々に天邪鬼を観察していた。そして昨夜その姿を見ていたさつきは、まだ怒りが収まらぬような表情で天邪鬼を見ていた。
「で……?」
 さつきの背に修羅が見えたような気がした。
「おい天邪鬼…」
 ハジメが天邪鬼に囁きかける。
「お前、さつきにさっさと人の姿になれる理由を話しちまえよ!」
「何で……!」
 ハジメの言葉に反論しようとした天邪鬼だったが、最後まで言い切る前にハジメがさらに続けた。
「あんなさつき……オレの精神がもたねぇ……」
 何処かげっそりとしたようなハジメの声に、天邪鬼が折れた。
 仕方なさそうに天邪鬼が説明すると言い、座った。さつきも皆の輪の中に入り、天邪鬼の話を聞くことにした。
 天邪鬼の説明はそう難しくはなかった。
 元々この身体。つまりカーヤは猫又になりかけていた。
 猫又とは、十年以上生きた猫がお化けになったものである。
 天邪鬼が憑依している間に猫又になる時期が来てしまったカーヤは、天邪鬼とほぼ完璧に一つになってしまったのだ。だからカーヤの体を変化させることもできたというわけだ。
「……じゃあカーヤは?」
 さつきが恐る恐る聞く。
 敬一郎も心なしか不安そうな表情をしていた。
「カーヤの精神は………………………………死んだ」
 最後の一言にさつきと敬一郎は酷く痛そうな表情をし、敬一郎は泣きだしてしまった。
 さつきは立ち上がり何処かへ駆けて行った。
「さつき?!」
 さつきの後を追うように、天邪鬼も立ち上がり部屋から出ていき、残された者は泣いている敬一郎を必死に宥めていた。
 玄関から外へ出ようとしていたさつきを天邪鬼が引きとめた。
「待てよ」
 いつもは黒猫から聞こえるおなじみの声。その声が今は酷く不愉快に感じられた。
 さつきは涙を流しながら天邪鬼の手を振り払った。
「返してよ!カーヤを!!」
 天邪鬼の胸を叩きながら必死に願う。懇願する。
「ママが死んだときにきたの!大事な思い出なの!家族なの……!」
 胸を叩かれながらも、天邪鬼は何も言わなかった。ただ黙ってさつきを見ていた。
 泣いて、叩いて、懇願して……。疲れてしまったのかさつきは天邪鬼を叩くのをやめた。
 その代わりに天邪鬼を睨みつけた。それと同時に天邪鬼がさつきを抱きしめた。
「悪い」
 一言。その簡潔な一言が、さつきをさらに泣かせた。
 本当にもうダメなんだと、本当に帰ってこないのだと思い知らされたような気がした。


九話 彼の思い