5.商人
赤いセーブブロック。細い道。たった一つの出入り口。その手前に立つ見知った男。
「終わりは近いぜ、友よ」
皮肉げな言葉を聞くのも最後になるだろう。もうすぐ、もう間もなく、バッターは己の役割を果たす。
静かな四つの瞳がザッカリーを映し出した。四つに分身した彼の像はどれもこれもカエルの仮面で表情を覆い隠している。何も知らないのか、はたまた全てを知っているのか。どちらにでも取れる声だ。
「最後にいっぺん、アンタの歩んできた道を記録しといたほうがいいかもな……」
言葉の最後が揺れる。
バッターは薄く目を細めた。
「ドアの向こうに行く前に……」
読み取れない表情と感情。
それが商人であり、メタキャラであり、飄々としたキャラクターを与えられた彼の常だったはずだ。
「クイーンと対面する前に……」
仮面が剥がれ落ちる。
グラフィック的な意味合いではない。
声に、言葉に表れる、心の仮面。
「は、は、は」
笑い声はかすれていた。
狂ったわけではないだろう。このどうしようもなく歪み、ガーディアンですら狂っていたこの世界の中で、橋渡しをする役割を背負った彼は精神を壊すことなく存在し続けていた。
もしも、ザッカリーが狂ってしまったならば、世界の循環は失われ、バッターの手を待つでもなく滅びの道を歩むしかなくなってしまう。
だからこそ、彼は飄々とし、全てを見通す。
「アンタの殺戮が育ててきた、黄金の果実……。
あぁ、とうとう収穫の時がきたわけだ」
思えば、シュガーという娘はザッカリーの知り合いのようだった。
真の創造主とこの世界の繋がりを現すシュガーと、ゾーン同士を繋げるザッカリー。同じ繋げる、という役目によって結ばれた番か、もしくは兄妹か、父子か。
どちらにせよ、浅い関係ではなかったのだろう。
憎しみが声から漏れ出している。
「もうすぐ終わる」
プレイヤーには聞こえない声で告げる。
「その苦しみも、絶望も、悲しみも」
バッターにはそれしかできない。
浄化し、終わらせてやる。それだけが、赤く染まった手で行うことのできる救済だ。
嘘だったとしても、冗談だったとしても、バッターに向かって「友」と言ってくれた相手を苦しめたくはない。それは、あの哀れなジャッジにしても同じだ。
生まれて初めて世界を歩いた。そこで出会った「友」達を世界ごと浄化しきるのは胸が痛む。おそらく、「友」達は、浄化後のゾーンを目の当たりにし、己のことを良く思ってなどいないのだろう、と確信していたもなお、バッターは「友」を思い、創造主を思っていた。
せめて安寧たる浄化を。
痛みの伴わぬ浄化を。
「そりゃ……。
楽しみだ」
仮面の奥から、ギラギラとした憎しみの瞳が見えた気がした。
...next →