case2
石丸清多夏は恋をした。
いつかは誰かを愛し、子を作り、大黒柱として家を支えていくのだろう、という漠然とした認識こそあったが、誰かを好きになる、ということに関してはいまひとつ己と繋がりを感じることができずにいた。
そんな風な人間だったので、中学時代も浮いた話一つなく、このまま大学に入っても己はこのままなのだろうと思っていた矢先のことだった。
希望ヶ峰学園に編入し、出会った男。
そう。男だ。それも、今までは対極に位置していたような人間。
超高校級の暴走族、大和田紋土。それが、石丸が恋した相手の名前だ。
きっかけは覚えていない。恋とはえてしてそういうものだ。
喧嘩をし、認め合い、受け入れ、そうして友になり、気がつけば恋に落ちていた。
「どーした、兄弟」
「あ、いや……。なんでもない」
「本当かよ。何かあんなら、いつでも言えよな」
放課後の教室。大和田が石丸の顔を覗きこむ。
彼は友人である石丸を心配してくれているのだろうか。それとも、己と同じ思いを返してくれているのだろうか。わずかな時間、また石丸はぼんやりと考えてしまう。
告白はしていない。
するつもりもない。
同性愛がどの程度の確率で成就するかなど知らないが、異性間でのそれよりも確率が低いことだけはわかっている。そんなリスクを負う気にはとてもではないがなれなかった。
失敗すれば、石丸は大和田の義兄弟、という地位さえ失ってしまう。
気持ち悪いと思われたくない。ありえないと、何を考えているんだ、と恐れられたくない。そんな臆病な気持ちが石丸を支配していた。
「兄弟は優しいな」
「そうか?」
大和田は怪訝そうな声を返す。
漫画の中の不良を地でいくというか、何というか。大和田は根は実に優しい男だった。
弱気を助け、動物を愛し、友のためならば体を張れる。男の中の漢といえる。本人はそのことを自覚していないのか、口に出して告げてやると気まずげに、しかし嬉しそうな顔をする。
「何かあったら必ず言う。
だから心配しないでくれ」
「そう言うんならいいんだけどよぉ……」
唇を尖らせ、大和田は首筋を掻く。照れているのだ。
「兄弟はボクの一番だからな。
キミに相談できないことなどないさ」
「おう。俺の一番も兄弟だぜ!」
その一番に、恋人、というオプションはつかないのか。
馬鹿げたことを言いかけて、慎重に飲み込む。
「……嬉しいことだ」
ぎこちないならがも笑みを浮かべる。
大和田もそれに満面の笑みを返してくれる。
それだけで十分だった。
彼の一番傍にいて、何かあったときに助けてやれればそれでいい。もっと大人になって、勇気が出たら、何らかの確信が得れれば、思いを口にしよう。
石丸はいつだってそう考えていた。
そう考えて、一年、二年、と時が過ぎ、気づけば希望ヶ峰学園を卒業してしまっていた。
かつての仲間達とは立つ場所が変わってしまったものの、お互い、何かと連絡は取り合っている。大抵の人間は付属の大学に進学し、各々の能力にあった学科で研究や講義を受けていた。既に社会的名誉を得た者も少なくはない。
暴走族であった大和田は、正式に族を引退し、高校を卒業すると同時に大工見習いとして働き始めていた。予ねてからの夢を叶えるために足を踏み出したのだ。
「兄弟は元気だろうか……」
時間の都合上、メールのやりとりはあるものの、顔を合わせることはずいぶんと減ってしまった。高校時代を思えば寂しいことだった。
しかし、それでも石丸は現状に満足していた。
メールは必ず返ってくるし、時には笑みを浮かべた大和田の写メが送られてくることもあった。
相談に乗ることもあったし、社会人となった大和田に連れられてファミリーレストランに行くこともある。充実しているといえば、していたのだ。
一本の連絡が入る、その時までは。
「――うそ、だろ?」
週末にかかってきた一本の電話。それを否定する言葉だけ吐いて、彼の手から力が抜け、携帯電話が床に落ちる。通話が繋がったままになっているそれからは、淡々とした言葉が流れていた。
それは、大和田紋土の死を伝えるものだった。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だああああ!」
石丸は頭を抱え、寮の自室で悲鳴を上げる。
信じたくはなかった。だが、こんな悪趣味な嘘をつくような人間は、彼の周りにはいなかった。
「現場作業をしている際の事故でした」
通夜の席でそう教えられた。
上から降ってきた材木につぶされ、死んだのだと。
泣きはらし、真っ赤な目をしていた石丸だったが、大和田の遺影を見てまた泣いた。
こんなことならば伝えておけばよかった。
伝えられない日がくるなど思ってもいなかった。
もしかすると、応えてもらえたかもしれないのに。そうすれば、もっと近くにいられたのに。
後悔ばかりがぐるぐると石丸の胸を支配していく。
未来にあるはずだった希望は、たった一人の死によって、真っ黒な絶望へと色を変化させたのだった。
BAD END
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