case3

 石丸清多夏は真っ直ぐな男だ。
 故に、己を偽る術を知らなかった。
「好きだ。愛しているんだ」
 だから、恋に落ちたことを隠すことはできなかったし、秘めておくなど到底不可能だった。
 それでも数日は考えたのだ。
 本当にこれでいいのかと。己の感情は本当に正しいものなのかと。
 けれど、どれ程考えたところで答えは変わらなかったし、これ以上の疑いは不誠実だとも思った。
 結論を出した次の日には、石丸は行動を開始していた。すぐさま目当ての相手を校舎裏に呼び出し、思いを告げることにしたのだ。小細工もなにもない、ただ真っ直ぐな感情を。
「なっ……!」
 石丸は考えた。心の準備だってしていた。
 だが、相手はそうではないのだ。
 しっかりと握り締められた両の手を呆然と見ながら、徐々に顔を赤くさせていく。彼の名は大和田紋土。石丸とは何もかもが対極にあるような男。
 超高校級の風紀委員であった石丸が悩むのも無理のないことで、相手は不良で同性。どこにGoサインが出る要素があったのかと問われれば、誠実さにあっただけだとしか言いようがない。
「嘘でもなんでもない。
 信じてくれ。兄弟」
「……そりゃ、お前が嘘、つくなんて、思ってねーよ」
 大和田の瞳が左右に揺れる。
 告白など女子からもされたことがない。いつだって彼は告白する側であり、される側に回ることなどなかった。
「返事を、聞かせてほしい。
 手酷く振ってもらってもかまわない」
 ただ返事がききたかった。
 明確な答えさえあれば、納得できるような気がしていたのだ。
「酷く、なんて、できねーよ」
 そう言うと、大和田は顔をうつむけた。
「兄弟?」
 石丸が目にした大和田の耳は、ほの赤く染まっていた。
 きっと、顔はもっと赤いのだろう。ならば、ならば、と石丸は力強く握っていた手を離し、そのまま大和田を抱きしめる。
「お、いっ……!」
 大和田の慌てた声が聞こえる。だが、抵抗はない。その気になれば、石丸よりもガタイのいい彼ならばどうとでもできるはずなのに。
「好きだ」
「……っ!」
 息を呑む声が聞こえる。
 数拍の間が空く。
 その間に、石丸の心臓は何度脈打っただろうか。不安と期待。そして高揚。通常の三倍は早く感じる。
「……お、れも」
 恐る恐る、しかし、しっかりと、大和田は石丸の背に腕を回した。
「ありがとう」
 石丸はよりいっそ強く大和田を抱きしめる。
 鍛えられた筋肉が心地よく感じられた。幸福な空間がそこにはあった。これ以上の場所など、天の上にだって存在するものか、そのときの二人は大真面目にそう考えていたのだ。
 ただ、彼らは若かった。
 二人だけで世界が完結すると思っていた。
 互いの思いが通じ合っているのならば、他には何も問題がないと思い込んでいた。
 けれども、現実はそうでない。
 世界は第三者の手によって回っているし、思いの強さというものは世間への矛にも、盾にもならない。
「――嘘だよな?」
 大和田が呆然と問う。
 場所はボロアパートの一室。現在の大和田の住居だ。
「……すまない」
「そうか、まあ、しゃーねえよ、な」
 希望ヶ峰学園で告白を受けてから、早十数年が経過していた。
 大和田は大工になり、石丸は大学を出て政治家への道を真っ直ぐに進んでいた。
 お互いに忙しいながらも時間を作り、蜜月の時間を楽しむ日々だった。世界を完結させがちな二人ではあったが、同性愛というものがマイノリティであることは理解していたので、友人にも家族にも互いの関係を明かしたことはない。
 ひっそりと、六畳一間のアパートで交わされる愛を含んだ会話だけが、二人の関係を証明していた。
「見合い、しねぇと、だもんな」
 大和田は鬱蒼と笑う。
 政治家への道を歩む石丸にとって、今回の見合いは重要なものだった。
 理由なしに断ることはできない。かといって、同性の恋人がいる、とカミングアウトするには、立場というものがあった。
「……すまない」
 石丸は正座をし、ぼろぼろと涙を零す。
 これは裏切りだ。それも、酷い裏切りだ。
 己を愛してくれている人間を傷つけた。今までの甘い時間を嘘に変えてしまった。
「泣くなよ。
 オレは、覚悟してたんだぜ」
「……え」
 いつもは力強い瞳が、涙で揺らぎ、子供のようになっている。
 大和田は零れる涙を拭ってやりながら、苦笑いを浮かべた。
「オレとお前は、やっぱり住む世界が違ったんだ。
 いつか、こんな日がくるんじゃねーかって、思ってた。
 でも、考えないようにしてた」
 淡々と言っているつもりだったのだろう。しかし、声は震えており、今にも大和田が泣きそうなのだと声高に叫んでいる。
「だ、って……。
 おれ、やっぱ……お、前、が……」
「ああ、ボクを、ボクを許して、くれ」
 石丸は大和田を強く、強く抱きしめた。
 恋と夢を天秤にかけ、石丸は夢を取った。
 少しばかり年を重ねた二人は、世界のことも少しわかるようになっていた。
 選ばなくてはならないものがある。
 いつまでも子供のように、両方が欲しい、とは言えないのだ。
「ゆる、してる。
 オレは、いつだって、ゆるす、から」
 とうとう大和田が泣き出した。

 もっと、もっと強く抱きしめたいと願うけれど、腕の力にさえ限界というものはあるのだ。


BAD END

...next ???