夢を見る。悪夢と形容することさえできない、恐ろしい夢だ。
「――っ!」
その日、紋土は声にならぬ声をあげて飛び起きた。
心臓は痛いほどに鳴り、彼の呼吸を妨げているようにさえ思える。
「……っくしょう」
目覚めたそこは、慣れ親しんだ自室ではない。希望ヶ峰学園の寄宿舎の一角。紋土に与えられた部屋だ。内装は彼好みになっているものの、ほとんど強制的に入れられた場所なのでどうにも落ち着かない。
コロシアイをしろと、奇妙な風貌をしたクマに言われてからどれだけの日数が経っただろうか。まだ一ヶ月も経過していないはずだ。それなのに、紋土はほとんど毎日同じ夢を見ていた。
「オレは強い強い強い強い……」
言い聞かせるように何度も呟く。彼は「強く」なければならない。そうでなければ、男同士の約束も、居場所も、何一つ守ることはできない。どのような状況にあったとしても、「強く」生きていかなければならない。
いっそ悲痛にも聞こえる呟きは、防音仕様の部屋の中だけに響いて消えていく。
監視カメラがあるとわかっていても、「強さ」を刷り込まずにはいられなかった。そうしなければ、部屋から出ることすら叶わなくなる。どうせ、悪夢にうなされているところを見られているのだ。黒幕に対して虚勢をはる必要はない。
「兄貴よりも、強ぇんだ……」
搾り出すような声に「強さ」を感じることは難しかった。
ここへくる前から「弱さ」を見せつけ、「強さ」を再確認させる夢は見ていたが、こうも頻繁ではなかったはずだ。
原因は間違いなく現在、置かれている状況のせいだろう。
外を見ることもできず、閉鎖的な空間に見知らぬ者と閉じ込められている。まともでいられるわけがない。しかも、すぐ隣にいる人物が人殺しである可能性もあるのだ。
そこまで考え、紋土は口角だけをあげて不恰好に笑う。
「人殺しは、オレも、だよな」
兄を殺した。その罪の意識は消えることなく今も彼の中にある。
卒業のために桑田を殺そうとした舞園のことも、逆に彼女を殺してしまった桑田のことも、本当はといえば紋土に責める権利はない。彼らはこの異常な空間にいるからこそ人を殺めてしまった人間だ。
希望ヶ峰学園に来るよりもずっと以前に実の兄を殺してしまった紋土とは違う。
「兄貴……」
この学校にいてはいけない。紋土は強く感じていた。あの殺人が起きてからはなおさらに思う。
死を見るのは怖い。あの日のことを嫌でも思い出させる。そして、あのおぞましいクマは人の弱さを暴こうとしてくる。外の世界で培ってきた「強さ」が全て引っぺがされ、等身大の自分だけが晒される。
よくは知らないが、始めに殺人を犯そうとした舞園は悪い人間ではなかった。実際に人を殺してしまった桑田もだ。彼らはただ、閉じ込められているという恐怖や、殺されてしまう恐怖に耐えられなかっただけだ。
そしてそれは、特別弱い人間だからというわけではない。
紋土とて、人を殺すのは怖い。兄の死を間近で見ている分、それは他者よりも強い感情を伴っているかもしれない。だが、もしも、それを覆してしまうほどの恐怖やそれに似た感情をかきたてられれば、どうなってしまうかなど予想もできないのだ。
「……しっかりしろ。
オレは強い。他の、弱ぇ奴らを守ってやれるくれぇには、強い」
情けない顔になってしまっているであろう自分の頬を叩く。
大神のような人間はともかくとして、他の大多数の人間よりも紋土は強い自信があった。それは純然たる力のみのものであるが、それでも誰かを守ることはできるはずだ。自分が怒鳴ってしまうだけで泣いてしまう、あの女くらいは守ってやりたいと思う。
今はできることを一つずつこなしていくしかないのだ。いつか、出口が見つかるという可能性も未だに捨てきれていない。先日、新しいエリアが解放されたことも希望に繋がっている。
残念ながら出口を見つけることは叶わなかったが、どこか見落としがあるかもしれない。
外に出るための労力を惜しむつもりはなかった。今日は解放されたエリアのなかをさらにじっくりと捜索することにする。そのためにも、まずは朝食会に出なければならない。時間を確認すれば、もう間もなく約束の時間がくる。
髪をセットしてからでないと出られないので、多少遅れてしまうかもしれないが、それはまあいい。無断でサボれば超高校級の風紀委員らしい石丸が盛大な説教をかましてくるが、そうでなければ聞き流せる程度の長さの説教になるはずだ。
紋土はベッドから起き上がり、仕度を始める。
鏡へ向かう途中、ふと気になることを思い出した。何故か、夢の中の大亜は泣いているのだ。ここへ来る前は、ただ紋土を責めたてるだけのものであったはずなのに、近頃の夢では泣きながら責め立てるのだ。
紋土は兄が泣いた姿を一度も見たことがないというのに。
疑問を抱きながらも、彼は深く考えることをしなかった。忘れてはならない記憶だと思う反面、思い出したくない記憶でもある。夢を見るたびに、紋土は呻き声をあげ、自分の「強さ」を口にしなければならない。
二年間、ずっと同じ生活を続けてきた。そこにコロシアイなんぞが加われば、精神は一気に衰弱する。
それ故に、紋土は押し込めることにした。不器用な彼ではあったが、そんなところばかりは器用にこなす。長年続けてきてしまったからこその技術だった。
結局、紋土は朝食会に少し遅れて参加することとなった。石丸の説教を聞き流しつつ、苗木や不二咲と会話し、学校の探索に出る。今までと変わらぬサイクルだ。細かい作業をしたことのない彼であったが、自分ができる精一杯のところで出口を探す。
「なんで出口がねぇんだよ」
忌々しさを込めて吐き出さずにはいられない。
外へ出てチームに帰らなくてはならない。男同士の約束であり、紋土唯一の居場所でもあるあのチームへ。こんなところで殺し殺されをしている場合ではないのだ。
日に日に、一分一秒が過ぎる度に、焦燥感が募る。
勝負を焦れば碌な結果にならないと経験からわかってはいるのだが、短気な性格が災いして心を落ち着かせることができない。
「チッ」
舌打ちを一つして、紋土はその場を後にする。
ずいぶんと探索をしていたため、後一時間もすれば夜時間になってしまう時刻になっていた。平凡な日常の中であったなら、窓の外から差し込む光で時間を確認できたというのに、この学園ではそれすらできない。
奇妙な不安感と、不便を感じつつ、紋土は食堂に向かうことにした。
現状のまま自室に戻ったところで、腹の中に溜まっている感情を持て余すだけだ。それならば、ホットミルクでも作って心を落ち着けてから眠る方がよっぽど良い。そんな気軽な気持ちだった。
「むっ。大和田君か」
「何だよ。てめぇもここにいたのか」
食堂に足を踏み入れた紋土は、先客に目を向ける。
どうにも馬の合わない相手、石丸だ。もっとも、石丸の方も同じ印象を抱いているらしく、二人の間には威嚇の火花が飛び散っていた。
しかし、ずっとその状態でいられるわけでもない。視線を先に外したのは紋土だった。ここ最近で溜まりに溜まった感情は爆発寸前だった。嫌いな奴を相手にしているような余裕はない。
紋土が石丸の脇を通り抜け、厨房へ向かおうとした。その時だ。
「キミはどうして不良なんぞをやっているのかね?」
冷たい声が紋土の鼓膜を刺す。
「あぁ?」
ドスの効いた声と共に、石丸へ向き直る。
こんな状況下でもそこそこの冷静さを保っている彼の瞳は、燃えるような赤であるくせに冷気を帯びていた。紋土はその視線に覚えがある。中学校時代や前の高校で教師から向けられてきたものと同じだ。
奥歯を噛みしめ、よりいっそ強い視線で石丸を射抜く。
「てめぇにゃ関係ねぇだろーが」
額を押し付け、ガンを飛ばす。
風紀委員のような良い子ちゃんに負けるつもりはない。それが気迫であろうと、力であろうとだ。
「いや、同じ空間で生活する身として、ボクは口を挟ませてもらう!」
石丸は紋土に負けまいと自身の額をぐっと前にやる。思わぬ反撃に後退しかけた紋土だが、間一髪のところで踏ん張りをきかせた。ここで退くわけにはいかない。
二人は至近距離で睨みあったままに言葉を続けていく。
「いいかね? 風紀や規律というものは、人が集団生活をするにあたって必要不可欠なものだ。
それに反している人間がいては集団生活は成り立たないのだ!」
「どっかの誰かが勝手に決めたルールを何で守らなきゃなんねーんだよ」
「そうすることによって人が円滑に生活することができるからだ」
真正面から言いきられ、紋土は青筋をたてる。
規則だけでは守られないものがたくさんあることを彼は知っていた。綺麗な道だけで人は生きていけるわけではない。汚い道もあれば、道に見えぬ道もある。それを全て否定されるのは気に食わない。
「てめぇ、馬鹿だろ。
あぁ、馬鹿だったな」
挑発するように言ってやる。
そもそも、全くのゼロから出てきた言葉ではない。目の前にいる男は、あろうことか学級裁判で多数決を取ろうとした男だ。人間の善意に期待し過ぎているのか、ただの馬鹿なのかという二択で考えていたが、ほとんど間違いなく後者の人間なのだろう。
人の気持ちを介せぬ馬鹿なのだ。それこそ、死体が消えて良かったと笑えるくらいには、他者の気持ちが理解できていない。だから、犯人が名乗り出る可能性などというものを思い浮かべることができたに違いない。
「馬鹿だと?
それはむしろキミのほうなのではないか? お世辞にもキミの頭が良いとは思えない」
「少なくとも、てめぇよりは常識ってもんを知ってるぜ」
「キミのような派手な姿で珍走しているだけの根性無しに常識を解かれるとはな」
「てめぇ……・。今何つった?」
血管がぶち切れるかと思うほどの衝撃だった。
紋土は一度額を退き、叩きつけるようにして石丸へ頭突きを喰らわせる。
「根性無しだと?」
暮威慈畏大亜紋土を侮辱するような言葉だけは許せない。あのチームは、兄が作り上げたものであり、兄そのものであり、大切な宝物なのだ。昨日今日知りあっただけの男に軽視されていいようなものではないのだ。
ボコボコにしてやろうと紋土は拳を握る。
「すぐ暴力に走る……。
それこそ、根性無しの証だ!」
石丸の人差し指が紋土に向けられた。
その瞬間、紋土の苛立ちは頂点に達する。何があっても目の前の男を叩きのめさなければ気がすまない。しかし、力でねじ伏せたとしても、根性無しの烙印を捺されるだけだということは理解できていた。
丁度その時だった。食堂の扉が開いたのは。
「……あれ?」
そこにいたのは、超高校級の不運、もとい、幸運の持ち主である苗木がいた。何かしらの用事があってここを訪れたのだろうけれど、そんなことはどうでもよかった。幸いなことに、苗木は多少のことでは怖気づかない根性を持ち、誰に対しても公平だ。
立会人に相応しい人材だ。
横目で石丸を窺えば、あちらも同じようなことを考えているらしく、苗木をじっと見ている。こんなところで意見が一致するというのは複雑な気分だ。だが、話がスムーズに進むのならば悪くない。
「おう、苗木」
面倒事を頼まれる、と察したのか苗木は一歩下がる。しかし、それを許す紋土と石丸ではない。まずは視線で苗木を引き止める。目を合わせれば自然と話を聞く態勢に入ってくれるのは、彼の美点であり欠点だ。
次に立会人の話を伝え、彼の逃げ場をなくす。人の良い苗木のことだ。正面から頼めば無下にはしないはずだ。
無論、二人とも意識的にやっているのではない。意識して行うには、石丸は善良すぎ、紋土は打算的な行動に向かない脳をしていた。
「ちょっと頼みてぇことがあるんだけどよ」
紋土のその言葉に苗木が肩を落とす様子を、二人はハッキリと目にしていた。
そうこうして、事の発端を話すことはできた。苗木も石丸と紋土の衝突は何度か目にしているので、喧嘩が勃発したこと自体には何も思わない。強いてあげるなら、仲良くして欲しいという願望があるだけだ。
問題は当事者である二人だった。彼らは苗木に対する説明をしている最中に、再び意思に火をつけてしまったのだ。
「根性がないから、社会やルールを守れず、そんな格好で珍走しているのだろう?」
「……てめぇに、何がわかるってんだ」
自身が背負っているものも、居場所を守るための辛さも、犯した罪も、目の前の男は知らない。それが当然であるということはわかっている。しかし、脳と心は直結していないのだ。
紋土は拳を固める。息が上手く吐けない。今朝の夢がフラッシュバックする。
「キミはすでにキミ自身に負けている!
根性がないからそれを認めようとしないだけだ!」
堂々と吐き出された言葉に、紋土の顔が歪む。
「負け」は「弱さ」だ。認められるはずがない。あの日の過ちも、認めてはいけないのだ。石丸がそれらについて知っているはずがない。紋土は誰にも話さず、今まで一人で秘密を抱えてきたのだから。
「じゃあ、てめぇにはあるってのか?
オレ以上の根性がよぉ……!」
何も知らないはずなのに、石丸は紋土の傷を的確に突き刺してくる。
今にも吐き出しそうで、息がつまりそうだ。
「だったら勝負だ」
苦しみを表に出してしまうような「弱さ」はいらない。紋土は石丸を睨みつけ、勝負を宣言する。方法は暴力ではない。先日解放されたばかりの大浴場に設置されていたサウナを使えばいい。
あれならばいい根性試しができる上に、暴力とは一切関係がない。決着をつけるのにこれ以上の場所はないだろう。
「よし。了解した!」
二人は頷きあうと、話を聞いていた苗木の両腕を掴み、歩きだす。
「うわあ?!」
驚く苗木を無視して、二人は大浴場へと向かった。彼は、こんなときにコンビネーションを発動させる必要はどこにもない、などという言葉さえ吐き出すことができない。
彼は裸になった石丸と、謎のハンデにより制服を着用したままにサウナへ突入した紋土を見送る。
中で繰り広げられるのは、サウナよりも暑苦しい男の戦いだ。人間として規格外である彼らの耐久力に、あくまでも一般人の苗木が付き合い切れるわけがない。
始めはただの我慢対決だった。互いに余裕を見せてみたり、相手を挑発したりといった風だ。しかし、時間が長引けば長引くほど、虚勢が剥がれていく。呂律は回らなくなり、視界さえ不明瞭になっていく。
意識の遠くの方から夜時間を告げるチャイム音が聞こえた。胸糞の悪いモノクマの声がサウナにまで聞こえてくる。いつもならば、セレスの取り決めに従い、自室に戻り始める頃だ。
しかし、今の状況でそれができるほど、紋土も石丸もプライドが低くなかった。
「苗木、てめぇは先に戻ってろ」
「明日を楽しみにしていてくれたまえ!」
二人は今での時間、ずっと立会人をしてくれていた苗木に声をかける。ここからは自分達だけの勝負だ。第三者である苗木を拘束し続けることはできない。高々口約束ではあるが、彼は今までその取り決めを守ってきている。ここで破らせるのも申し訳がないというものだ。
無論、ルールを尊重する石丸も今まで夜時間の約束を破ったことはないが、今は男と男の勝負の時。自身のプライドもあって、例外が適用されていた。
じりじりとした熱さは二人の体から水分を搾り取ろうとする。片方が脱水症状で死んでしまった場合、クロはもう片方ということになるのだろうか。そんな馬鹿馬鹿しいことを考えてしまうくらいには二人の思考はとろけていた。
「……大和田君」
搾り出すように石丸が声を出した。喉もカラカラで、一言喋るだけでも辛いだろうことは、同じような状態である紋土にはよくわかる。それを押してでも声をかけてきたということは、つまらない挑発ではないはずだ。
「んだよ」
掠れた声で返す。
口を開けば熱気が舞い込み、体の中まで灼熱に晒されてしまう気がした。
「キミは、何故、暴走族なんてものを、しているんだ」
熱に浮かされた赤い瞳が紋土を映す。熱さと水分不足で歪んではいるが、彼の視線は間違いなく紋土だけに向けられている。それに呼応するかのように、紋土の薄紫の瞳も石丸だけを映した。
「「なんて」じゃねぇ、よ……。
大切な、居場所、だ」
普段ならば、決して言わない言葉を吐く。こっ恥ずかしさや、弱味に対する防衛本能が働き、口を閉ざしてしまう部分だ。しかし、今の紋土はどこまで口にしていいかということさえ考えられない。どろどろになった思考では、日頃から思っていることを素直に吐き出すことしかできない。
頭の片隅で、これは不味い、と考える。一番隠さなければならないことだけは、厳重に鍵をかけおく必要がある。
「そう、か」
思考に鍵をかけた紋土に対し、石丸はそれ以上の追求をしてこなかった。
身体的疲労からきた無言ではない。溶けて柔らかくなった彼の脳に紋土の言葉が染み込んだのだ。居場所を大切にする気持ちを石丸は理解できる。かつて、己が尊敬した祖父が罪を犯してしまい居場所を失った姿を目にしていたから。そして、居場所をなくし、自分達の手で新しい居場所を作り上げた人間を、「弱い」と断罪できるほど石丸は機械的ではない。
朦朧としている目でも、大切な居場所だと口にした大和田の表情を見ることはできた。まるで迷子になってしまった幼子のような目。それを隠して歩く男の目だ。
「大変、だろうな」
汗と共に、一言だけ零した。
暴走族の世界というのは、石丸の理解が及ばぬ場所だ。しかし、そこのトップとして走り続けるのは、きっと大変なのだろう。どこか弱々しい印象さえ抱いてしまう男がそこに立つというのならばなおさらに。
石丸は素直に自分の一方的な感情をぶつけてしまったことを恥じた。
思えば、紋土は閉じ込められた時から暴走族仲間のことを口にしていた。あれは、トップとしての責任感から現れていたのだろう。まともとは到底言い難いこの状況下の中で、彼も苦しい思いをしていたに違いない。それを察してやれなかったことが悔やまれる。
「てめぇは……」
反省をしていると、今度は紋土の方から話しかけてきた。
「何で、笑ってられた?」
一瞬、何の話をしているのだろうかと思った。
しかし、石丸はすぐに舞園の死体の話をしているのだと理解した。紋土の目が、責めるような色を持っていたから。
「ボクは、不安にさせたく、なかった。
上に立つ者が、落ち着けという者が、不安そうな顔をしていては、説得力に欠けるだろ……?」
歯を食いしばるように石丸は顔を歪める。その表情を見て、紋土は漠然と彼の心の内を理解した。
石丸とて、不安がないわけではないのだろう。人が死んでいるのだ。そんな中で平然としていられるのは、人をその他大勢と見ることのできる十神か、身も心も鍛え抜かれている大神くらいのものだ。
風紀委員でしかない石丸が平気なはずがない。
「あぁ、そう、だな」
紋土は納得した。石丸の心の内は理解できたし、彼が言っていた言葉には覚えがあった。
かつて、兄も同じようなことを言っていた。
暴走族の総長として君臨していた大亜は、弱さや不安を見せようとはしなかった。頭が揺れれば、下はもっと揺れる。小さな歪が大きくなり、全てを破壊してしまうと知っていたのだ。
そんな兄の背中を見て育った紋土だからこそ、石丸の気持ちがよくわかる。
「てめぇも、大変、だな」
自分の中だけで感情を抱え込む行為というのは、精神力を盛大に削いでしまうものだ。それなのに、石丸は毎朝変わらずに朝食会を開き、仲間達と言葉を交える。それが彼の性格だから、ではすませることのできない行為だ。
紋土の脳は、石丸の「強さ」を認めた。同時に、自分も彼と同じくらい「強ければ」と思う。紋土自身、二年という歳月の中で罪を背負ったままに生きてきたというのにだ。
歪み、とろけた思考は身近な救いを求めた。
「なぁ、兄弟」
無理矢理に口角が上がる。
目の前にいる、兄とよく似た言動をした、兄のように「強い」男。彼が兄弟であれば、殺してしまった兄の代わりにさえなれば、あの悪夢から解放されるかもしれない。軋む胸も滑らかになるかもしれない。
醜い欲望がそこにはあった。
「大和田君、ボクとキミの間に、血の繋がりは、ないよ」
「バーカ。血なんざ、繋がって、なくたってなぁ、魂が繋がってりゃ、いいんだよ」
さらりさらりと言葉が流れていく。
石丸を認めていたのは本当であったし、全てが嘘だというわけでもない。紋土はじっと石丸を見つめ、彼が口角をあげるのを見た。
「そうか。
ならば、ボクとキミは、兄弟だな。兄弟」
「おう」
サウナの中で、二人は硬い握手をした。
大和田紋土は、また、代替品を手に入れてしまったのだ。
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