【ドルチェットside】
目が覚めたとき、傍にいたのは見知った片割れではなく、見知らぬ人間だった。
「……あんた、誰?」
声をかけると、雑誌を読んでいたその男は顔をあげて少年を見た。
「お、起きたか。
オレはドルチェット。道路で倒れてたお前を拾った奴だよ」
ドルチェットの言葉に、少年は自分が置かれている状況を思い出す。
彼はとある理由から家を出た。しかし、手持ちも多くなく、空腹のあまり道路に座りこんでいたのだ。意識が途切れる寸前に、目の前の男が近づいてきていたのを覚えている。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
立ち上がり、部屋を出ようとした少年の腕をドルチェットが掴む。
「……何?
オレみたいなの拾ってもいいことないぞ」
少年が言う。ドルチェットは視線を少しさまよわせた。
しばらくして、ようやく口を開いたときドルチェットは心底面倒くさげな表情をしていた。
「面倒だよ。オレだって、できることなら放っておきたい」
「なら、何で」
小さく返ってきた言葉は似ているというものだ。
「は?」
その声があまりにも小さすぎて、聞き取ることのできなかった少年は聞き返す。
二度もその言葉を紡ぐことに彼の心臓は耐えられないらしい。顔を真っ赤にして少年を無理やり座らせる。
「オレの一番好きな人と似てんだよ!
放っておけるかよ!」
耳まで赤くしたドルチェットはキッチンの方へ足を進める。
「オレが?」
少年は自分とそっくりな片割れのことを思い出していた。片割れからドルチェットのような男の話を聞いたことはない。むしろ、少年と片割れはいつも一緒だった。片方しか知らない人間がいるとは思えない。
「とりあえずインスタントでいいよな」
戻ってきたドルチェットの手には暖かいスープの入ったマグカップが握られていた。
「……なぁ、そいつって、もしかしてリンっていうのか?」
「はぁ? 誰だそいつ」
勇気を振り絞って聞いたにも関わらず、返ってきた言葉は否定のものだった。
片割れが自分に秘密していることがあったわけではないと安心した。同時に、自分と似ている者に興味がわく。少年は身内の中でも強欲だとよく揶揄されていた。知りたいと思えばその感情は一直線に進む。
「オレとあんたの好きな奴ってどこが似てるんだよ」
口角をあげて聞くと、頭を殴られた。
「年上に対する言葉づかいじゃねーな」
殴られた理由が言葉づかいでないことくらい、少年にはすぐにわかる。ドルチェットの顔は再び赤くなっていた。
「いいじゃん。教えてくれよ。
ある意味そいつ、オレの恩人だし」
その人間と少年が似ていなければ、少年は道路で野ざらしになっていただろう。
「……そうだな」
少年をじっと見つめ、好きな人を思い浮かべる。
「黒い髪とか、赤い目とか。
あと、瞳が力強いとことか、かな」
黒い髪などどこにでもいる。現に、ドルチェット自身の髪も黒い。赤い目は珍しくはあるが、たったそれだけのことで面倒事を背負いこもうという気にはなれないだろう。
「それだけか?」
「え? うーん」
目を閉じ、必死に考える。
次に放たれた言葉は少年の胸を突いた。
「寂しそう。なとこかな」
目を丸くして、ドルチェットを見つめる。
「変なこと言うなよ!
オレは寂しくない。そうだ。変なこと言ってんじゃねーよ!」
大きな声で言葉を吐いているその姿が寂しそうなのだとドルチェットは言わなかった。
「わかったよ。とりあえず落ち着け。
そうだ。お前の名前聞いてなかったな。何ていうんだ?」
納得していない顔ではあったが、スープを一口飲み、心を落ち着けた少年は静かに口を開いた。
「グリード」
「え……」
力のない声に、グリードがドルチェットの方を見る。
「マジ、かよ……」
心なしかドルチェットの顔が赤い。よく顔を赤くする奴だと思いながら、何を驚いているのか尋ねてみる。
「オレの好きな人、な。
グリードさんってんだよ」
同じ名前の人間を拾ってしまった。
ドルチェットは膝を抱える。
「……決めた」
そんな姿を見て、グリードは一つ決心をした。
「オレしばらく、ここにいるわ」
「はあ? 何言ってんだ!」
さすがに予想も予定もしていなかったのか、ドルチェットが声を荒げる。
「落ち着けよ。しばらくだ。
そうだな。五日もすりゃ出ていく。それまでよろしく。これはオレが決めたことだ。文句は言わせねぇ」
まるで一家の大黒柱にでもなったかのような口調。いつの間にか逆転した立場にドルチェットは口を開けたままになってしまう。
「そんなとこも似てるよ」
苦笑いをしたドルチェットを見て、グリードはこいつも大変なのだろうと思う。
きっと、相手の方は彼の思いなど微塵も気づいていない。ドルチェットもそれでいいと思っているのだ。それほどグリードさんとやらを好いているのだ。
【グリードside】
人間を拾うことは珍しいことではなかった。
世の中には社会に上手く馴染むことのできない人間が数多くいる。根っからダメな人間はともかく、ある程度見込みのある人間ならば拾う。捨てる神がいるのならば、拾う神がいてもいいはずだ。町のチンピラ達を手中に収めているグリードは今日も一人の人間を拾った。
ろくでもない人間だったならば始末すればいい。面白そうな奴ならだ近くに置く。いつも通りの行為だ。
「よ、起きた?」
寝室には体を起こしたものの、糸目ゆえに起きているのか未だに眠っているのかわからない少年がいる。
「うー。ここ、ハ?」
「オレん家。お前倒れてたんだぜ?
あ、なんか食うか?」
グリードの言葉に少年は糸目を輝かせる。
「食べル!」
「おー。元気があってよろしい。んじゃちっと待ってろよ」
冷蔵庫に食べ物は入っていない。入っているのは酒とそのつまみだけだ。
携帯を手にとり、出前を取る。
「腹どれくらい減ってる?」
何人前頼むか悩んだ結果、起きたばかりの少年に尋ねてみる。
「いっぱイ! 十人前だって食べれル」
冗談ではなさそうだったので、グリードは笑いながら十二人前の出前を頼む。
金の心配はない。無駄に広い部屋に住むくらいには余裕のある生活を送っているつもりだ。
「出前がくるまでオレと話しでもしようや」
椅子に腰かけ、向かいに座るように促す。
少年は素直に従い、グリードの向かいに座った。
「お前さ、何であんなところで倒れてたんだ?」
「弟を探していル」
食事の話をしていたときとは違う、真剣でまっすぐな意思を感じる。
「オレの双子の弟ダ。この顔を知らないカ?」
よほど切羽詰まっているのだろう。身を乗り出して自分の顔を見せてくる。しかし、グリードの記憶の中に少年の顔はない。
首を横に振ると、少年は残念そうにうつむく。
「それにしたってよ、親とかは?
見たところまだガキじゃねーか」
まだ発達途中の体に目を向ける。
一人で双子の弟を探すなど、無茶にしか見えない。
「ダメだ。それじゃダメなんだ」
歯を食いしばり、少年は拳を握る。
「……話してみろよ。ことによっちゃ協力してやるよ」
空腹で倒れるまで双子の弟を探す少年にグリードは興味がわいた。できることならば、その弟とやらも見てみたい。
自分の中に火がついたのをグリードは知る。
欲しいと思ったのならば、知りたいと思ったのならば、それを手に入れるまで止まらない。少年の口からどのような言葉が出ても、グリードは手を貸すだろう。これは予測ではない。確定した未来だ。
「オレの家は古くから続く名家ダ。
双子だけど、一応オレが長男だから、オレが跡を継ぐことになっタ」
弟を見つけ出すためならば、どのような手段も問わないという意思が見える。それなのに、親の力は借りられないと言う。グリードはますます少年に興味がわいた。
「跡を継ぐためには結婚しなければならないんダ。でも……」
少年の口が重くなる。
グリードはせかさず、じっと次の言葉を待つ。
「……オレは、双子の弟が、好きなんだ」
悲痛な叫び声に聞こえた。
「……そりゃ、難儀だなぁ」
気のきいたことは言えなかった。少年がそれを望んでいるとも思えない。
「あいつは、それを知ってるカラ、オレの元を去っタ。
でも、やっぱり、オレは……!」
グリードには理解できないことだった。
家族に対する愛も、他人に対する愛もわからない。だから、これほどの愛を受けている弟がうらやましく思う。
「グリードっ!」
「あ?」
少年の口から出た名に思わず返事をする。
見れば、少年も驚いた顔をしていた。よく考えてみれば、グリードは少年に名を教えていない。
「……名前」
「オレはグリードだ」
同じ名前だと少年はつぶやく。
「偶然ってやつか。
あり得ないなんて、あり得ない。ってわけだな」
グリードは頭をかきながら少年を見る。
まさか思い人と同じ名前の人間がいるとは思っていなかったのだろう。
「……オレ、リンって言うヨ」
「リン、か。まあ、オレもその弟探し、協力してやるよ」
ここまで首を突っ込んでしまったのだから、後戻りはできない。
「オレが個人的に調べるから、大した成果はあげられねぇかもしれねぇぞ?」
「いイ! ありがとウ!」
さすがに、こんな個人的なことに部下を使うわけにはいかない。
リンは身を乗り出してグリードの手を握る。その行動に思わず胸が大きく鳴った。
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