そして次の日、火曜日。午後。
レオナルドは宅配便のバイトに精を出していた。彼の本業は記者であり、物を書いて写真を撮ることを生業としているのが正しい姿のはずだ。しかし、この町にきてから今まで、仕事のために文章を書いたことなど一度としてない。
そもそも、こんなところで記事を書いたとして、外の世界に持ち出すのは困難を極める。現在、レオナルドが秘密結社に属し、そこを基点として動いているのならばなおさらに書ける範囲は狭くなってしまう。
「で、なんでアンタはこんなところにいるんですか」
ヘルメットを被り、目的地へ向かう途中、レオナルドは自身の後方へ声をかける。本来、そこは空白であるべき場所だ。非常に残念なことではあるのだが、レオナルドにはそこへ腰掛けてくれるような麗しの彼女などいない。
別段、特等席だと取っておいているわけではないソコへ腰掛けているのは、銀の髪を風に揺らめかせるザップだ。
「あー? オレがどこで何してようが、どーでもいいじゃねぇか」
「いや、そりゃ、アンタがボクのバイクの後ろに勝手に乗ってきてるんじゃなけりゃ、どーでもいいことなんっすけどね」
荷物を持ってあちらへこちらへ、と移動を続けているレオナルドの後ろにザップが乗り込んできたのはいつのことだったか。かなり早い段階から、後部座席に体重がかかっていたような気もする。
運んでいるものは食料品ではないので、取って食われることもなく、また、見ず知らずの他人が待っている荷物を盗んで換金するほどのクズではないらしく、今のところ商品に手は伸ばされていない。
邪魔らしい邪魔もされず、ただ黙ってレオナルドの後ろについて回っているザップは気味が悪い。
何らかの思惑があるのだろう、ということだけはわかっているのだが、詳細がわからなければ対処のしようがないところもレオナルドの心臓を締め上げる。
「暇ならライブラにでも行ったらどうなんですか」
あの場所へ行けば、少なくとも暇ではなくなるはずだ。
喧嘩友達のチェイン、弟弟子のツェッド、時間に余裕があれば共にゲームもしてくれるギルベルト。暇を潰す相手ならばより取り見取り。最悪でも誰か一人くらいは今も基地にいるだろう。
レオナルドの提案に、ザップはあー、だの、うー、だの言葉にならぬ呻き声を返すばかりで、実行する気がないのが丸わかりだった。
本当に、わけのわからない男だ、とレオナルドは一人ため息をつく。
どのような目的で後ろについているのかは知らないが、どうか面倒事にだけは巻き込まないで欲しい。
そんな願いを天にかけたときだ。
背後から軽快なメロディーが流れた。その音はすぐに途切れ、ザップが応答する声が聞こえてくる。どうやら、彼の携帯電話が着信を示した音だったらしい。
「今っすか? あぁ、大丈夫っすよ。
はい。了解しました。こっからならわりと近いんで、すぐつくと思います」
相手はスティーブンだろう。言葉の端々から、また何か事件が起こったのだろうことが推察できた。そして、今からザップがそこに向かう、ということも。
ならば当然、もれなくレオナルドもお供することになる。主に足として。
ザップがレオナルドの後ろに乗っている以上、彼は自身のバイクを今現在所持していないことになる。目的地へ向かうためには、自分の足を使うか、公共機関を使うか、あるいは現在乗っている乗り物を使うか。どれを選ぶかなど、考える必要さえない。
荷物は誠心誠意守るとして、お届け時間が大幅に狂ってしまうだろうことにレオナルドは謝罪の言葉を呟く。
それもこれも、世界の危機が悪いんです。けっしてオレが悪いわけじゃないんです。そんな言葉。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「へ?」
目的地を告げられると思っていた口からは、正反対の言葉が飛び出していた。
意味を聞き返す間もなく、レオナルドが思わず振り向いたとき、ザップはすでに後ろにいなかった。軽く飛び降り、血法を用いて華麗に着地を決めて見せたらしい。後ろの方でザップが何処かへ走っていく姿だけが霧に紛れてぼんやりと見えていた。
慌ててバイクを止め、きた道を戻ってみるが、すでに彼の姿は見えず、目的地を知らぬレオナルドはそこに立ち尽くすよりほかにできることはなかった。
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