人々が華やぐ金曜日。ザップは折れた右腕を吊り下げながらも、普通の顔をしてライブラにいた。否、彼にとって、骨折程度は
「普通」と言ってしまえる怪我なのだ。
自身の血を細やかに扱うことのできるザップは、右腕が使えずとも日常生活に支障をきたさない。複雑な操作を必要とするゲームですら、血を右手代わりに扱い、捜査してしまう。
思い返してみれば、ザップの師匠である汁外衛も似たようなことをしていた。ザップはあのボロ雑巾程ではない、と言ってツェッドを激怒させていたが、やはり一番弟子といったところか。発想がよく似ている。
「もー。ちょっとは気をつけてくださいよ」
「へーへー。
わぁってますよっと」
ギルベルトを誘い、レオナルドはザップを含めた三人で流行のゲームに興じていた。一人プレイも可能なゲームだが、基本的に協力プレイを大前提としているため、家でちまちましていては中々先に進めないのだ。
特に、サポートを得意とするギルベルトの存在はありがたい。未だ、レオナルド一人では倒すことのできないモンスターも、彼がいれは割合あっさりと倒すことができる。
今日も彼のおかげで大量の素材をゲットできた。
神々の義眼に対する情報もこれくらい出てきてくれたのならば、と思わず考えてしまったのはしかたのないことで、レオナルドはこっそりと深い息を吐く。
今週の頭にザップに情報を求める姿勢に対し苦言を呈されたわけなのだが、レオナルドが必死になってみたところで出ないものは出ない。
神的存在に関する情報がポンポンと出てくるほうがおかしいのだ。
スティーブンやクラウスからも、待ちの姿勢が大切だ、と言われてしまった。やきもきしているばかりでは、本当に情報が目の前にぶら下がってきたとき、手を伸ばす力がなくなってしまう、とも。
複雑な心持ではあったのだが、レオナルドはそれを素直に受け止めた。
今までだってサボっていたわけではない。それでも得られた情報が少数ならば、これからだってそうかもしれない、と認めるところから始めなければならない。
心優しいミシェーラはレオナルドが心労で倒れることを決して望みはしない。
「あ、オレちょっと外すわ」
唐突にザップが立ち上がる。ゲーム機の電源を落とし、テーブルの上に置く。普段から女の家をはしごして回っている彼は、ゲーム機を持ち歩かない。ギルベルトに預け、管理を任せているのだ。一度、そのことに対しレオナルドが文句をつけたことがあるのだが、事の中心であるはずのギルベルトにニッコリと笑って良いのですよ、と言われて以来、口を挟むのはやめている。
「どこに行くんすか?」
また女のところか、とレオナルドは渋い顔をする。彼がどんな女のところに、どんな用事で行こうが関係ないのだが、ちょくちょく修羅場を起こして怪我をしているのはいただけない。
収入がゼロ、ということはライブラに所属している限りありえないことなのだから、大人しくしていれば充分生活していけるはずだ。
「ちょっとなー」
ひらり、と怪我をしていない左手が振られる。
何てことはない光景だ。なのに何故かレオナルドの第六感が耳元で警告音を上げている。止めたほうがいいのか。だがどうやって。ゲームを続けよう、と駄々でもこねるのか。そんなみっともないマネができるはずもない。
結局、レオナルドはザップが出て行くのを見つめた後、ギルベルトと二人でゲームの続きをするばかりだった。
違和感を覚えているのはレオナルドだけなのか、誰もザップを止めようとしない。それどころか、何処へ行くのか、と問いかけることもしない。まるで、自分だけが何も知らない子供みたいだ。そんな不安をレオナルドは心の隅に抱く。
その数時間後、ライブラに戻ってきたザップが新たな傷をこさえ、頬にガーゼを張っている姿を見てようやく、レオナルドはまた自分がお留守番をさせられていた、と気づいた。
また、ザップの姿に驚きを見せない面々に、本当に自分が何も知らなかっただけなのだ、ということも知ってしまった。
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