悔しさを拭うことはできない。
自分の不甲斐なさを呪い、現状を呪う。
身の内から湧き出る憎しみを糧として呪いは急速に体を巡る。
人を呪わば穴二つ。何処かの国の言葉だった。
【世界はフェアを求めて女王に味方する】
足を打たれた。しかし、その傷自体は大したものではない。おそらく、デビルは傷の程度も見越して弾丸を放ったのだろう。だからこそ、ミーの心の傷は深く、大きい。
「くそっ!」
自室の壁を殴りつける。何度もそれを繰り返し、拳から血が噴出してもやめようとしない。壁を殴るおとは外にも聞こえているが、部下達は止めようとしない。
あの暖かいファミリーを冷たくしてしまった。その事実がミーをさらに傷つける。
「あの悪魔め。死ね。死ね。死んでしまえ!」
神を信じたことはなかった。これからも信じるつもりはない。だが、もしも神と呼ばれる存在がいるのであれば、デビルを殺してくれと願いたい。
剛は優しいボスだった。ミーにとって、世界の中心である人物だった。恩があった。それを返しきったとは思っていない。あの人の役に立ちたくて、腕を磨いた。なのに、未だに彼の仇一つとれない自分が不甲斐ない。
気づけば涙が流れていた。
「悔しい。ごめんなさい。絶対に、絶対に、あいつだけは殺すから。ボクが、ボクのこの手で」
ミーは願うことができなかった。この世界に神がいたとしても、手出しをするなと願う。自分の手で殺さなければ意味がないのだ。
殴る体力もなくなり、静かに崩れ落ちる。柔らかい絨毯の上で横になり、目を閉じる。見えるのは暖かな剛の笑顔と、優しいあの声。このまま眠ってしまおうか。まどろみの中に落ちるその間際、耳をつんざく音がした。
「……なんだよ」
自室に響くは電話の音。今日は誰とも約束をしていない。心当たりはなかったが、急な用件かもしれない。
ミーは気だるい体を無理矢理立ち上がらせ、受話器を取る。
『やあ、ミー君ズラね?』
聞こえたのは見知らぬ声。
「キミは?」
『ボクはバイス。情報屋ズラ』
その名には聞き覚えがあった。その道では有名な情報屋だ。『世界の耳』などと呼ばれ、彼にわからないことはないとまで言われている。しかし、デビルと密接な関係があるというのもまた有名な話だ。
「悪魔の差し金が何のようだ」
電話ごしに殺気が伝わりそうなほど低い声で尋ねる。
バイスは怯むことなく、むしろ楽しげに答えた。
『ボクはフェアなことが好きズラ』
的を得ない答えだ。
意味がわからず、沈黙を返すとバイスはさらに言葉を重ねた。
『黒猫君にはデビルがいるズラ。でも、キミは一人ズラ』
この会話にマタタビが出てこないのは、今現在の彼の立場が非情に不安定な位置にあるからだろう。ある意味では最も中立な立場にあるのかもしれない。
『だから、ボクがキミについてあげるズラ』
バイスの一言は天秤を揺らす。
「へえ?」
『一つ、デビルの情報を無料であげるズラ。追加の情報は通常より少しばかり割引してあげるズラ』
ミーにはバイスの考えが読めなかった。
フェアが好きだと言っていた。しかし、たかがそれだけのためにマフィア同士の抗争に首を突っ込む情報屋がいるだろうか。普通の感性で答えるのならば、否定の言葉が返ってくるだろう。
しかし、バイスは普通ではない。電話ごしでもわかる。今を楽しんでいる、泥と水と、ゴミが混ざり合っている中に石を放り込み、さらに事態を複雑にしてやりたい。狂ってしまった女王にはちょうどいい相方だった。
「一つ目、教えてもらえる?」
電話の向こう側から紡がれる言葉にミーは口角を上げた。
一つ目を聞き、いくつかの情報を買った。
受話器を置き、ミーはベットに倒れこむ。布団に顔を埋め、笑った。
これで全てを終わらせることができる。これで苦しみから解放される。
「ねえ、最後に立ってるのは……誰かな」
世界はフェアを求めて女王に味方する。
女王は世界を得た。
黒猫は悪魔を得ている。
これがフェアなのかは物語の終わりまでわからない。
第十一幕