鼻歌交じりにミーのもとへ出向く。
目に見えるのは始めて見たときのような暖かな場所ではない。
暗い城だ。
そこに住むのは女王ただ一人。
【女王は悪魔へ笑みを浮かべ手を振った】
部下は一人もいなかった。
ミーに嫌気がさしたのか、ミーが解雇したのかまではわからない。
「やあ」
「女王様自らお出迎えとはありがたいねぇ」
親しい友人と待ち合わせをしていたかのように手を振るミーと、楽しげに笑みを浮かべるデビル。二人の上空では暗雲がゆっくりと流れていた。
「ボクからの送り物はどうだった?」
「うちのボスにはでかいダメージだったぜ」
懐から拳銃を取り出しミーへ向ける。
「そう。よかった」
ミーは笑みを崩さない。拳銃など恐ろしくもないと顔に出ている。
表情に出ているのは今の状況に対する喜びだけだ。
「キミについて調べたんだ」
習いたてのことについて話す子供のようだった。
「情報屋さんと体を重ねてるのも知ってるし、他人を愛することのできない可哀想な人間だってのも知ってるよ」
その言葉にデビルは躊躇せずに引き金を引く。
「何に対してそんなに怒ってるの?
キミだってボクとマタタビ君の性事情に口を挟んできたじゃない。おあいこだよ。
ああ、それとも、他人を愛せないって言われたのが気に触った?」
ミーが口を開くたび引き金が引かれる。弾が切れれば、拳銃を放り投げ、新たな拳銃を手にする。
「大丈夫。だって」
口を三日月型にして笑う。
「キミを愛する人だっていないんだから」
「黙れっ!」
手にしていた拳銃をミーに投げつける。
ミーがそれを弾こうとしている間に、どこからか取り出した刀で間合いにもぐりこむ。
「そんなに寂しい?」
刀を握るデビルの手をミーのナイフが串刺しにする。
熱を帯びた痛みに思わず手を離し、後ろへ下がった。
「お前、いい感じにいかれてるな。
でも、さっきの言葉は気にいらねぇ」
刀を持って襲いかかる相手の手をナイフで刺すなど、常人の神経でできるとは思わない。ミーは本気なのだ。ここでデビルを殺せないくらいならば、死を選ぶ覚悟を持っている。
「キミの気に触ったなら嬉しいな」
こんな状況にあっても、ミーは笑みを崩さない。まるで人形のようだと頭の片隅で考える。
余計なことを考えることによって、どうにか自我を保とうとする。そうしなければ壊れてしまうほど、今のデビルの精神は不安定になっていた。
「ねえ、――――」
ミーの口が言葉を作る。
放たれた単語は懐かしく、忌々しいもの。
「な、んで……それを」
警戒も動ける態勢も全て忘れ、呆然とした瞳にミーを映す。
「何ででしょう?」
笑みが恐ろしい。
「オレ、の……名前」
ミーが紡いだのはデビルの昔の名前。生まれ出たときに母から与えられた唯一無二のものだった。デビル自身、忘れてしまったと思ってた名前だったが、身に染み付いたそれを忘れることなどできるはずがなかった。
「ボクはあの人を愛してたよ」
銃声が鳴り響く。
「本当の子供のようにボクを愛してくれたから。ボクもあの人を本当の父のように愛した」
デビルの足から鮮血が噴出し、体は力なく地面に倒れる。
「愛せない。愛されない。そんな奴に負けるわけにはいかない」
再び銃声が鳴り響くが、銃弾はデビルがいた地面に当たっただけだった。
「お前、いいな。壊れてる。オレ様と一緒だ」
寸前のところで正気を保っている赤い瞳が嗤う。
「足を狙えば良いって教えてくれたのはキミだったけど、嘘だったのかな?」
片足を引きずりながらも、デビルはミーの放つ銃弾を避けていく。
「人間、死ぬ気になればどうにかなるってもんだ」
強がりな台詞を吐く。寸前のところでかわせる部分をミーが狙っているのも知っている。
「なあ、あいつだろ?
オレの名前とか、思い出したくもねぇ過去とか流したの」
落ちていた拳銃を手にとり、弾を装填する。傷が痛み、素早くとはいかなかったが、ミーはその様子を黙って見ているだけだった。
「バイスさんが教えてくれたよ」
「だよな」
情報の提供者としては信頼していたが、一個人としてバイスを信用したことはなかった。過去の話をした覚えもないが、眠っているときにでも口走ってしまったのかもしれない。
デビルは自虐的に笑みを浮かべる。
「あ、面白いことに気づいたよ」
「何だよ」
お互いに笑みを浮かべている。
「今回の関係者って、みんな親なしなんだね。
やっぱり、親がいない子供はダメなのかな」
「さあな」
親がいても、いなくても関係のないことはわかっていた。
愛されたかっただけ。執着しすぎただけ。こんなものは生まれつきのものだ。もし、親がいないことが関係するとするならば、それは彼らだからこそ、親がいない。ということになるだろう。
「じゃあ、逝こうか」
傷が痛む手で拳銃を構え、引き金を引く。同時に、ミーも引き金を引いた。
二人とも一発目の銃弾を避け、再び引き金を引く。二発目も避けることができたのだが、デビルは己の血に足を滑らせ、地へ倒れることとなった。
なおも放たれる銃弾をかわすため、体を転がすがすぐに限界がくる。
「ボクのために死んで」
最後に見たのはやはり笑みだった。
目を開いたままの状態でデビルは頭から血を流す。ただの肉塊へと変化したそれを見て、ミーは膝をつく。
「やった。やったよ」
とめどない涙を流し、ミーはデビルの手を取る。
手の甲に入れられた『D』の文字を皮ごとナイフで削ぎ落とす。これでミーの中からデビルが消えた。全て終わったのだ。
「おま、え……なんで」
幸せを体全体で感じていたミーを邪魔したのはたった一人の声だった。
「何だ。キミもきたの?」
「意味わかんね。何で、デビルがそこで死んでんだよ」
クロは息のないデビルを真っ直ぐに見つめている。
「ボクが殺したからに決まってるじゃない」
ミーは涙を拭って拳銃を握る。
女王は悪魔へ笑みを浮かべ手を振った。
さよならの言葉は必要ない。
悪魔は気狂いの銃弾に当てられ羽根を地へ落とす。
地へ這い蹲る寸前に、悪魔は笑う。次は誰だ? と。
第十三幕