ある日悪魔はファミリーのボスに呼び出された。
告げられた言葉は単純で、明快なものだった。ただ一言。
「『ニャンニャンファミリー』のボスを殺せ」
そこ一言が世界を動かしていく。
【黒猫と女王は涙を流して立っている】
二人きりの部屋の中。ボスはベットの中で横になっている。
長年の無理が祟り、もう数ヶ月も生きられないと宣告されていた。次のボスはクロに譲ると全ての者に伝達してある。
「オレに命令していいのはクロだけだぜ?」
赤い目を光らせ、病人を見下す。
「ああ、承知しているよ」
ボスは薄く笑い、言葉を続ける。
「これはクロのためだ。
まだ若く、ボスの経験がないクロがニャンニャンファミリーに勝てるとは思えない」
正論だ。クロの実力は認めているし、自分が守ってやるという意思もあるが、ファミリーとしての規模でみた場合、デビルにはどうしようもできない。
「今、ボスを殺せばあちら側も新しい、若いボスを着けるしかないだろう」
「……なるほどな」
納得できるだけの情報は与えられた。
成功のあかつきには、ボスのポケットマネーからそうとうの金額が支払われる。何一つ問題はない。
「了解した」
口角を上げて笑い、デビルは窓から外へと舞い踊る。
「いい報告をしてやるよ」
どこに仕込んでいたのか、ハングライダーを開き、空へと飛び上がる。
黒く塗られたハングライダーは夜の暗闇に混ざり、デビルの姿を消しさる。
「えー。どの辺りだったかなぁ〜」
以前、知りあいの情報屋から『サクラファミリー』と『ニャンニャンファミリー』についての情報を買ったことがある。
ニャンニャンファミリーの現ボスも年老いている。毒殺でもすれば、自然死に見せかけることも可能だろう。
「だけど、それじゃあ面白くないな」
殺しに美学など感じる性質ではないが、面白いか否かはこだわる。
第一、毒殺などしていては、先にボスが死んでしまう。いい報告を聞かせてやると言った手前、迅速に始末するのが筋だ。
「おっと、ここか」
ファミリーの館近くに降りたち、周りを見る。やはり二大ファミリーの一つなだけあり、警備は厳重だ。油断すれば見つかってしまうだろう。
情報を買ったことはあるが、細かい間取りなどは聞いていない。大雑把にファミリーの規模や現状を聞いただけにすぎない。
「どの辺りかねぇ……」
双眼鏡を取り出し、屋敷を観察してみる。
夜だったこともあり、ほとんどの窓はカーテンによって内部が見えない。
「直感で行ってもいいが、リスクがでかいよな」
しばらく思考したあげく、デビルは携帯電話手にとり、短縮ダイアルを押す。
何度か呼び出し音がなり、向こうから声が聞こえてきた。
「もしもし? 何ズラ」
「ニャンニャンファミリーのボスってどこにいる?」
電話の相手は知りあいの情報屋だ。
この国で一番の情報屋と言っても過言ではない。
「高いよ?」
「いつも通りだ」
「わかったズラ」
淡々と仕事の話を進めていく。
今すぐにでも情報が必要なのだから、代償に構っている暇はない。
「東塔、二階。右から三番目の部屋。
今の時間帯なら一人で書類仕事をしてるはずズラ」
「サンキュ」
礼を一言だけ言い、通話を切る。
代償を支払いにどこへ行けばいいのかも全てわかっている。もう慣れた行為だ。
「おっし。じゃあ今がチャンスだな」
側近もおらず、一人で無防備になっている今を逃す手はない。
デビルは音もなく門を見張っている一人に近づく。ここで殺してしまうのも手ではあるが、他の見張りに気づかれては元も子もない。強力な睡眠薬を染み込ませたナイフで軽く傷をつける。
すぐにその場を離れ、様子をうかがう。
「お、おい! どうしたんだ!」
崩れ落ちるように倒れた見張りの男に他の者達が群がってくる。
仲間意識が強いという情報は間違いではなかったようだ。
手薄になった警備を楽々とくぐりぬけ、何食わぬ顔で庭を探索する。他の者達が倒れた男に集中している隙に、窓からの侵入を試みる。二階くらいならば、ロープを使って登ることができる。
音もなく二階の窓へと寄りそう。カーテンの向こう側にボスがいる。一人分の気配しかしないところを見ると、奴の情報は正しかったようだ。
当然のことながら、窓には鍵がかかっており外からは開けることができない。窓を蹴破ってもいいが、派手な音を出せば先ほど見張りの男を眠らせた意味がなくなる。
「やっぱこれ使うか」
取り出したのは小さな小瓶。裏のルートを使って取り寄せた特別製の液体だ。
蓋を取り、窓にゆっくりと垂らす。ガラスの窓はゆっくりと音を立てて溶けていく。
「よし。お邪魔しまーす」
窓に大きな穴が空いたところで、鍵を開けて中に侵入する。
「ん? お前は誰だ」
デビルに気づいたボスが振り向く。
「殺し屋さん」
口を三日月のようにし、銃を向けた。
「なっ――」
ここが自分の屋敷だから油断していたのか、ボスは簡単にデビルの銃弾を受ける。
銃弾は心の臓を打ち抜き。命を奪う。
「剛さん!」
サイレンサーをつけていたにも関わらず、一人の男が部屋に飛びこんできた。
「……お前は『青の女王』か?」
飛びこんできたのは青い髪をもった男だった。
剛の側近であり、時期ボスの座に着いている。人は彼を『女王』と呼んだ。
「貴様……まさか、剛、さんを」
倒れる剛。流れる赤。それらを見てミーは目を見開く。状況を見る限り、導き出される言葉は一つだ。
「じゃあな」
瞳を細くして、デビルは窓から逃げ出す。
依頼は果たした。姿は見られたが、まあ問題ないだろう。
「待て!」
ミーがデビルを掴もうと手を伸ばしたが、届かない。デビルは地面へと降りたち、闇と同化する。
「あー。あいつ面白そうな奴だったな」
剛を見つけたときの表情を思い出す。
死を目の当たりにした衝撃よりも、憎しみや恨みが勝った表情をしていた。あれは復讐者の目だ。
「クロは近くにいて面白い。あいつは追いかけてきたら面白い」
歌うように呟きながらデビルはサクラファミリーの元へと戻っていく。
だが、デビルがいい報告を聞かせる前に、ボスは息絶えていた。
「……死んだのか」
「ああ」
ボスのベットの横にクロが立っていた。
「キッド。これからはお前がボスだ」
「そうだな」
今はまだ、先のことを考える余裕がないのだろう。瞳に光がない。
デビルは一人ボスの考えを賞賛した。今の状態を見る限り、クロが対立しているファミリーと戦っていけるとは思えない。ニャンニャンファミリーの方もこれから数日は忙しい日々が続くだろう。
マタタビはクロに泣きたいならば泣けと囁いたが、首を横に振った。
黒猫と女王は涙を流して立っている。
涙は川を作り、海を作った。なのに誰も涙を知らない。
悲しみも涙もしらず、海はそこにあり、人は海へと飛びこむ。
海は土に染みても消えはしない。
第四幕