マフィアを代表するような二大ファミリーのボスが同時期に代わったことは、予想とは違いあまり騒ぎにはならなかった。
理由は、新たにボスの座についた二人がよくできる者だったからだ。先代と比べても劣らぬその手腕に誰もが納得し、新たな風に期待をよせた。
「殺す。殺す。絶対に殺してやる。あいつは、絶対にボクが殺す」
裏にどのような闇があるかなど、その他大勢の人間には関係のない話だ。
【同じ境遇に惹かれてみても、女王は黒猫を嫌う】
ミーが新たにボスの座について数ヶ月が経った。
組織の運営は以前にも増して上手くいっている。部下達の信頼も厚く、剛が死んだことによって空いた穴は心に空いたものだけだった。
「あいつをボクは許さない」
剛を殺した人物を見たのはミーだけだった。
そして、それを知っているのはミーとデビルだけ。殺した人物に関しての言葉をミーは口にしなかった。理由はただ一つ。仇を自分の手で打つため。
ファミリーも大切だが、一番大切なのは仇を打つことになっていた。どんな手を使ってもデビルを殺す。
「ボス。仕事の時間です」
「わかった」
銃を持ち、取引の現場に行く。
今日のブツは『白い粉』だ。ミーはアレに魅力を感じない。部下達にも使わぬようにときつく言いつけてある。
幼い子供もいるような広場でその取引は行われる。誰にも気づかれぬように、ごく普通の服を着た男同士がすれ違う。そのさいにあらかじめ決めておいた合図を送れば、取引の半分は成功したも同然だ。
すれ違った後は適当なベンチに腰をかけてしばらく待っていれば、別の男が待ち合わせにやってきたかのように現れる。
「いやー。お待たせしてすみません」
「いえいえ」
はた目には世間話をする男二人にでも見えるだろう。
「じゃあ、そろそろ失礼しますね」
「はい」
男は自然にミーの持っていた鞄を取る。
残されたのは男が持ってきた鞄だ。これで取引は終了。中身を確認する必要はない。もしも偽者だったのならば、殺せばいいだけの話だ。舐められた自分が悪いのだとミーは理解している。
「よし。今日はもう帰るか」
一般人に紛れ込んでいた部下達に合図をだして広場を出る。
「あ……」
少し歩いたところに、真っ黒なスーツに身を包んだ男を見つけた。
楽しそうに笑っていた。仲間達と笑い合い、どこの飯屋に行くか話していた。
「黒猫、か」
名前は知っていた。敵対するファミリーのボスだ。
仲間を大切にする姿勢は共感できた。年も近く、つい最近一番信頼していた人を失った仲間でもある。顔をあわせたことはなかったが、よき友人になれるだろうと思っていた。
先代は成し遂げることができなかったが、二つの組織が手を組むことになれば、きっと今までにない強さを持つだろう。
「何だよー。オレ様は誘ってくれないわけ?」
「どっから嗅ぎつけてきやがったんだ……」
声をかけようと足を踏み出したときだった、最も憎く、探し続けていた声を聞いた。
「お前が全然仕事くれねぇから、オレ様腹減ってんだよ」
「嘘つけ。他で仕事受けてんのは知ってんだ」
あの夜、楽しげに歪められた赤い瞳は黒猫を映している。
二人は楽しげだった。昔からの友人のように見える。
「……殺す」
湧きあがってきたのは確かな憎しみ。
よき友人などになれるはずがない。敵対しているファミリーなのだから。きっと剛を殺すように依頼したのもあいつなのだろう。だから、殺す。
銃を抜き、クロに向ける。
殺せればよかった。目の前で、大切な人を殺される苦しみを受けて欲しい。
「さよなら」
引き金を引く。
「やめとけ」
引ききる寸前、後頭部に冷たい感触が伝う。
「……虎猫君かい?」
「あいつを狙う奴は許さん。
悪魔の方なら話は別だがな」
銃の扱いは慣れていないが、この至近距離では外しようもない。
「わかったよ。もう彼を狙わない。これでいい?」
クロに向けていた銃を降ろす。
「…………」
マタタビが銃を離す。その甘さにミーは思わず口角を上げた。
「なっ!」
勢いよく振り向いたミーはマタタビの肩を掴み、その場に押し倒す。
「君、甘いね。そんなことじゃ彼は守れないよ?」
女王の名に相応しい笑み。思わず見惚れてしまう。
「今日のところはボクも帰るよ。
でも、その代わり、君はボクの元へおいで?」
銃を眉間につきつけ、優しい笑みで誘う。
「今夜、待ってる。『壁はいらない』これが合い言葉だよ」
耳元で囁き、ミーは立ち上がり、何事もなかったかのように立ち去っていく。
「ん? マタタビ何してんだ?」
「……キッド」
地面に座り込んでいるマタタビを見つけたクロは首を傾げる。後ろにはちゃっかりデビルが立っていた。
「何でもない。何処かへ行くのか?」
「飯。お前も行くか?」
「そうだな」
立ち上がり、クロの後について行く。
「おい」
歩調をあわせ、デビルに近づく。
「拙者がいない間は、貴様が守れ」
「わかってるさ」
クロは気づいていなかったが、デビルはミーに気づいていたようだ。己に向けられた殺気にくらい気づけなければ、フリーで殺し屋などやっていけないということなのだろう。
「女王様は怖いぜ?」
「知らん」
いつもならば近くに見えるクロの背中が、やけに遠くに見えた。
同じ境遇に惹かれてみても、女王は黒猫を嫌う。
不吉な色合いを身にまとった黒猫は女王を知らない。
嫌われているのには慣れていた。今更誰かから嫌悪の目で見られたところで、気にすることはない。
けれど、不吉はcolor="#a9070d">自分にも降りかかると知っていなければならなかった。
第五幕