明け方、傷だらけの体で帰ってきたマタタビにクロは駆け寄った。
夜遊びをあまりしないマタタビがどこかへ行っただけでも心配だったというのに、怪我をして帰ってきたのだから当然だ。
ファミリーの頂点に立つ者として、冷静な風を装って何があったのか尋ねてみたが、答えは返ってこない。
不安げな瞳と冷たい瞳を朝日が赤々と照らしていた。
【傷ついた虎猫の傷も癒せぬ黒猫は何を思う】
クロが何を聞いてもマタタビは答えなかった。
最後には頼むから寝かせてくれと言って自室に戻ったきり、出てこなくなってしまった。
「何があったってんだよ……」
ファミリーのボスとして、側近とはいえ部下の一人を特別扱いすることはできない。一日中マタタビのもとにいることはできないのだ。とはいえ、幼い頃からずっと一緒にいる友人を放っておくことはできない。
「ボス、仕事が」
「……わかってる」
マタタビの部屋から離れ、仕事に戻る。
簡単な書類仕事から、実力行使の力仕事まで、ボスの仕事は多い。単にクロが事務仕事だけだと体が鈍ると、実戦に出ているだけの話ではあるのだが、今さらこの方針は変えられない。
銃を掴み、外へ出る。
今回の仕事は力仕事の方だ。
「ちっとスッキリするか」
体を動かしている間は何も考えなくていい。とても楽なことだ。心のどこかで、マタタビのことを頭から追い出せることを喜んでいた。
「サクラファミリーだ!」
「ちっ。もうかぎつけてきやがったか」
制圧するのはサクラファミリーの配下でありつつ、クロの許可なくクスリを売りさばいていた中小ファミリーだ。
クスリを禁止する気はない。マフィアとして存在しているからには、犯罪と手を切ることはできない。クロ自身、銃の密売を行ったこともある。
問題なのは、頂点に言わなかったことだ。それは反逆を意味する。
「ボス。もう少し続けますか?」
「あー。そうだなぁ」
最後に謝る時間を作ってやるつもりなので、一気に滅ぼすつもりはない。
「ん、あと三分で一旦終了な」
引き金を引きつつ部下に指示をだす。
仕事をしているつもりではあった。集中しているつもりでもあったし、マタタビのことを考えていないつもりでもあった。
実際のところ、クロの放った銃弾は全て急所を外しており、頭はマタタビの姿でいっぱいだった。
見える場所の傷があれほどあるのなら、見えない場所はどのようになっているのだろう。何故あのような傷を負ったのか教えてくれないのか。
目の前の物事に集中できていなかった。
「馬鹿っ!」
唐突に背中に衝撃を感じ、前に倒れる。
そのとき始めて自分が集中できていないことを知った。周りの気配にすら気づけていない。
「せめて今この時だけでも集中しやがれ」
背中を蹴った男に言われる。
「……わりぃ」
立ち上がり、男、デビルの横に立つ。
「オレは表舞台に立つのは苦手なんだよ。
後ろでゆっくり暗殺させろ」
「おう」
背中合わせになり銃を構える。
他人に心配をかけてはいけない。それが頂点に立つ者としての責任だ。
集中し、相手の急所を狙い、的確に狙撃する。
「三分だ」
クロの号令を聞いたのか、各々が時間を計っていたのか、銃撃が一斉にやむ。
「言いたいことがあるなら、今のうちだぞ」
目の前にある小さな館にいるであろう男に向けて叫ぶ。
「……土下座すれば、許してくれるのですか?」
館の中から声がした。初老の落ち着いた声だ。
「いや?」
絶対的な否定と、悪魔のような笑み。
腕を上げ、再び号令を出す。
「全て壊せ」
銃火器だけではなく、ハンマーを持って突入する者も現れた。
歯向かう者には徹底的な破壊を。それがクロの信念だ。
「……退屈だな」
壊れていく屋敷と、死んでいく者達を見ながら小さく呟いた。
今の状態が酷く退屈に思えた。まるで雑誌の中の世界を見ているような感覚。
「おい」
「ん?」
声をかけられ、デビルの方へ向きなおる。
「オレちっと用事があるから、先に行ってるぞ」
「おう。今日は悪かったな」
無気力に笑ってデビルを見送る。
励ましの言葉がないのがデビルらしいと思った。
傷ついた虎猫の傷も癒せぬ黒猫は何を思う。
何かを思ってもそれが何の助けになるのだろうか。虎猫の傷が癒えるわけでもない。
そこにあるのは混沌とした虚無だけ。
音にならぬ咆哮はどこへ消える。
第七幕