裏の世界に属する者だけが入れる場所というものがある。
見た目は表の者達が見ても違和感がない。しかし、奥には踏み込むことができない。
奥に踏み込めばもう元には戻れない。帰る場所がない者だけに与えられた空間なのだ。
「やあ、きたズラね」
【世界と悪魔は裏側で体を繋いでいる】
路地にある小さな雑貨屋。見た目の綺麗とは言いがたく、滅多に人はこない。時たまくる客はガラの悪そうな男ばかりだ。
扉を開けるとベルの音が店に響く。
「おい、バイスどこだ?」
店に入ったデビルは奥にいるであろう男へ声をかける。
「やあ、きたズラね」
奥から出てきたのは赤い髪に黄のメッシュを入れた長身の男だ。デビルの背は高い方だが、男はそれよりも大きい。
彼こそ、デビルに情報を売っているバイスだ。デビルと変らない年のように見えるが、腕は確かであり、情報に関してはこの国の頂点と言っても過言ではない。
バイスは手招きをしてデビルを奥へ誘う。いつもの仕草、デビルは黙って奥へ進む。
何度も行われた行為だ。次にどのような行動を起こすのかわかりきっている。それでもデビルは自ら進んで奥へ行こうとはしない。仕事のためならば何でもする気概ではあるが、これだけはどうしてもプライドが邪魔をする。
「こっちズラ」
誘われるがままに奥へ進むと、バイスの私室がある。
本棚が多く、机の上も綺麗に整頓されている。情報の一つ一つが丁寧にまとめられている。そこにある一つのベット。生活感があるようには見えない。
ベットに腰かけたバイスが笑顔で手招きをする。
「そう言えば、一人身だったキミが誰かについたって、すごい騒ぎズラよ」
隣に腰かけたデビルの耳元で囁く。
「今はな。興味があるうちだけだ」
冷たい言葉に、バイスはクスクスと笑う。
「ボクは……彼、嫌いズラ」
嫌な笑みを浮かべている。デビルは不快感を隠そうともせず、眉を寄せる。
バイスがクロのことを嫌っていることは知っている。いつだったか、仕事途中に見た表情が気に入らなかったと言う。その言葉を聞き、クロの暗殺を請け負った部分もある。
実際に会ったクロはデビルの予想を裏切った。
「彼は甘いズラ。自滅するタイプズラよ」
「あの甘さがいいんじゃねーか。あいつが自滅するなら、オレも一緒に死んでやるよ」
今ならな。と付け加える。
「ま、いいズラ」
デビルの肩を押し、ゆっくりと押し倒す。
ベットに沈んだデビルは冷静な目でバイスを見つめている。諦めではない。義務としてやるという目だ。
「優しくして欲しいズラ?」
「馬鹿じゃねぇの? とっととしやがれ」
首に手を回すなんてことはしない。
シーツを握り、これから起こる事態を冷静に見つめている。
「まったく……。もう少し空気を読んで欲しいズラ」
呆れた表情を浮かべながら、首に顔をうずめる。
甘さのない密事が幕を開ける。
体に触れ、声を出し、快楽に身を任せる。男女同士で行われるものと何ら変りない行為だ。ただ、そこに口づけはなく、優しい声もない。
お互いに無言でその行為を続けるだけ。
漏れる声は甘さと苦さを含んでいる。
「あー。今回も疲れた……」
全てが終わった後、デビルはベットでうつぶせになって呟く。
いくら体を鍛えたとしても、事後すぐに動くことは辛い。何せ、本来は受ける側ではないのだから。
「ボクは満足ズラよ」
「てめぇはな」
お互い、体の相性だけはよかった。
女と犯るよりも快楽は大きい。割り切った付き合いなので面倒なこともない。
「一つ、いいことを教えてあげるズラ」
机から一枚の紙を取り出し、伏せているデビルに渡す。
「何だ……?」
紙は写真だった。
「キミのとこの子、女王様に調教されてるズラよ」
写っていたのはマタタビだ。
「気になってたのはわかってたズラ」
さすが情報屋だ。何も言わずとも、全てを把握している。
「もうヤらねーぞ」
「サービスしとくズラ」
「オッケ」
写真を見つめる。
あの女王に調教されていたとしても、マタタビはクロを裏切らないだろう。ミーもそれをわかっているはずだ。
ならば、デビルとバイスの関係のようなものなのだろう。
快楽を求めるだけの関係。
世界と悪魔は裏側で体を繋いでいる。
人が神を崇め、悪魔を貶したところで、悪魔は消えない。
世界はいつも邪悪さを求めている。
純粋な欲望は純粋な快楽となりうる。
第八幕