真実の欠片に気づかれた。
これ以上の偽りは亀裂しか生まない。
できてしまった溝を埋めるためには、真実の全貌をつかむしかない。
デビルは舌打ちをしながらミーの館へと向かった。
【気狂い女王は悪魔に銃を向けた】
以前に侵入した場所は使えないだろうと思っていたが、館の間取りはわかっている。適当に隙を見て侵入することは容易い。結果的にデビルはすぐに館に侵入することができた。幸いといえばそれまでだが、言い知れぬ違和感を感じた。
部下達の間に殺伐とした空気が流れていた。そのおかげで隙が生まれやすくなっている。
「何かあったのか?」
ファミリー内でのもめごとがあったという話は聞かない。ということは、ボスの方針、つまりミーのやり方が変わったということなのだろう。おそらくは、復讐のために。
足音を消しながらミーがいるであろう場所へ向かう。廊下を堂々と歩いても、誰とも会わない。まるで人払いがされているようだった。
「面倒だな……早まったか?」
短期間のうちに何度もバイスの手を借りるのはデビルは嫌だった。何度も行為を繰り返すうちに、自分というものの価値が下がっていくような気分になるのだ。
慎重に歩いていると、廊下の角から声がした。
「やあ、待っていたよ」
現れたのは青い髪の女王様だ。
「待ってた。ってことは、用件はわかってるとみていいな?」
「もちろんさ。マタタビ君のことだろ?」
人のよさそうな笑みを浮かべているが、殺気が隠し切れていない。それほど強い憎しみをデビルに抱いているということなのだろう。
殺気自体はデビルにとって心地良いものでが、状況が状況なので、楽しむこともできない。
「何のつもりだ?」
遠回しな言葉は時間を引き延ばすだけだ。単刀直入に尋ねる。
「別に?」
笑みを崩さずにミーは答えた。
「彼から情報を取り出したりはしてないよ。
ボク達はいたぶるものと、いたぶられる者の関係。
人の性癖にまで口出ししないでくれない?」
デビルが予想していた通り、二人はあくまでも快楽のための相方といったところなのだろう。それが真実だったとしても、マタタビがそれを言うとは思えない。根本的な解決を求めるのならば、やはりミーを始末するしかないのだ。
「悪いが、マタタビから手を引いてくれねぇか?」
「嫌だよ」
間をおかずに否定される。
「もしかすると、オレ様を呼び出すためだけにやってんのかと思ったが……やっぱそれはないか」
「始めはそうだったんだけどね、案外合うものなんだ」
楽しそうにマタタビのことを話し始めた。
他人の性事情ほど聞きたくない話はない。デビルは即座に会話を中断させる。
「お前らがどんな営みをしようとオレ様には関係ない。
だが、うちのボスには影響がでるんだよ」
ちょっと痛い目にあってもらおうか。デビルはどこからともなく銃を取り出し、ミーへ向けた。
「クロにも影響が出るのも、お前がこうしてやってくるのも、全部計算なんだよ!
お前を殺す。クロを殺す。みんな、殺してやる!」
笑みを消し去り、鬼のような形相でミーも銃を抜く。
何度も引き金が引かれ、高そうな壁紙に穴が開いていく。しかし、肝心のデビルにその銃弾は当たらない。
「はっ! こんなもんかよ」
デビルが一度引き金を引けば、その銃弾はミーの足へ当たる。
「っつ!」
「足が動かなくなりゃ、弾を当てやすいんだぜ?」
嘲笑う。
その表情に憎しみが倍増していく。
「やっぱり、お前の憎しみはいいな。もっとそんな顔をしろよ。
オレ様を殺してみろよ」
手にしたナイフでミーの顎を上げさせる。
「マタタビ君を解放しにきたんじゃないの?」
「そうだ。了承してもらえるか?」
「嫌だね」
デビルは優しく笑う。
ナイフを服の中へ隠し、出口へ向かって歩き始めた。
「待て! どういうことだ!」
無防備にさらされた背中に向け、銃弾を放つが、あっさりと避けられる。
「オレ様はクロの部下だが、一番大切なのはオレ様自身だ。
そのオレ様はお前の憎しみが欲しい。だから、殺さない。簡単な話だ」
マタタビのほうはこっちで決着をつけると、デビルは笑う。
その笑みが、余裕が、ただ憎かった。
「じゃあな。いつかオレ様を殺してくれよ? 女王様」
天井につるされた電球に銃弾を撃ち込み、デビルは去って行った。
「ちくしょうっ!」
ミーは降り注ぐガラス片の中、悔しさにうちふるえた。
気狂い女王は悪魔に銃を向けた。
悪魔はその牙を向けず、銃弾を軽やかに避ける。
気狂い女王くらい狂っているほうが悪魔には心地が良い。
気狂い女王の銃弾こそ悪魔の快楽。
第十幕