二人の友情劇の後、めぐみは玄関ではなく、二階にある禍々しい扉の前へ行った。
見た目は普通の扉と同じなのに、その扉からは嫌な気配が漂っている。クロでさえも扉の不気味さに、一歩退いたところでめぐみが何をするのか見ている。
「め、めぐみさん……。まさか――」
「そう! そのまさかよ!!」
瞳を輝かせて、各面々の方へと振り返る。
「この扉の向こうは、めくるめく魔王の城!」
自慢げな宣言だったが、鈴木以外の者達には言葉の意味が分からない。今いる場所から、魔王の城まではそれなりに距離がある。歩いて三日、四日程度の距離ではあるが、こんな扉一枚向こうの世界ではない。
扉の原理について熱く語り出しためぐみだが、クロ達にはさっぱりな内容だった。要約を求め、鈴木の方へ視線を向けるが、そちらも何かをブツブツ言っていてクロ達の視線に気づかない。
「で、結局何なのだ?」
しびれを切らしたマタタビが単刀直入に尋ねると、拍子抜けするほどあっさりと答えが返ってきた。
「瞬間移動ができるのよ」
確かに、この場所から魔王の城までを扉一枚で移動すると言っているのだから、それは瞬間移動でしかないだろう。頭の片隅ではその答えも出ていたが、現実にそんなものがあるとは到底信じられない。
「これでも苦労したのよー」
瞬間移動ができる扉とはいえ、好きなときに好きなところへ行けるわけではないらしい。
その話になると、空間座標やら大気魔力量やらと言った、聞いたこともないような言葉がでてくる。
「まあ、二日くらい前から用意したら、問題はないわ」
「……じゃあ、二日前から用意してたの?」
めぐみの言葉に、ミーは引っかかりを感じた。
「ええ」
王から直々に魔王討伐の命を受けたわけでもなく、ゴローやチエコの友人でもないめぐみが、何故魔王城へ行こうとしていたのだろうか。いや、考えてみれば、奇妙なことばかりだ。
クロ達は誰一人、魔王のところへ行くとは言っていない。誰の精神世界にクロを送るかもめぐみは知らないはず。
疑惑を抱いたミーの目に、他の者達も同調する。
「だって、私はあんた達が来ること知ってたもの」
もうめぐみに関することで、驚くことはないだろうと思っていたが、まだまだ甘かったようだ。
魔法という存在は身近で、ミーやナナは当たり前のように使えるものだ。だが、一線を越えて、魔女ともなれば常識に囚われない行為ができるというのを実感した。
「予知までできるのか」
記憶するかのように呟いたのはマタタビだ。情報をどこかへ売ろうとでも考えているのかもしれない。
「でも、私ができた予知はここまでよ。結末はわかんないわ」
同時に扉が開かれた。
向こう側の世界は暗く、淀んだ空気がこちらへ流れてくる。寒気と恐怖心があふれ出す。めぐみやクロ達はまっすぐと前を見つめているが、ナナや鈴木は体を小さくして震えている。
「……早く、二人を助けてあげなくちゃ」
震えながらも、ナナは確かに言った。
恐怖よりも、友人を助けたいという思いがまさったのだ。
「行こう!」
力強い瞳を見せたナナは、クロの腕を掴んで一番に扉をくぐる。
「強い、な」
マタタビとミーは視線をあわせ、苦笑してからナナに続いた。
「あんたは待ってていいのよ」
「行きますよ。僕はあなたの夫なんですから」
怯えを見せてはいるが、好きな人の前では格好をつけたいのだ。鈴木はめぐみの手をそっと握り、扉をくぐる。
滅多に見ることのできない鈴木な格好良さに、めぐみは嬉しそうに頬を緩ませていたのだが、鈴木はそれに気づくことはなかった。
二人の姿が扉の向こう側に消えると、不気味な音を立てて閉まった。
めぐみと鈴木が先頭のナナとクロに追いついた。
「……彼女が魔王様の彼女?」
クロの腕の中には、まだ幼さを感じさせる少女がいる。目を固く閉じていて、開ける気配はまったくない。
「ああ」
目に見える傷はない。なのにチエコは目を覚まさない。ミーが問いかけると、めぐみは渋い顔をする。
「邪にあてられたみたいね」
すぐに命が危うくなることはないが、あまり長時間ここへ置いておくのは危険だという。ならば先ほどの扉を使って、チエコだけでもとナナが提案したが、却下されてしまう。
「あれは一方通行な扉なの。帰ることはできないわ」
ここから出るには、城の扉から出て行くしかない。
「たぶん、城の中にも魔物がいるだろうし、簡単には外に出れないよ」
あちらこちらから感じる魔物の気配にミーが舌打ちをした。魔物がいなければ、誰か一人にチエコを任せることもできたというのに。
「……なら、魔王の方はあたしとクロに任せて、あんた達はその子を城の外へ連れて行ってあげなさい」
静かに言われた。
提案でも何でもない。強制する力のある言葉だった。
「魔王の居場所は邪の雰囲気でわかるわ。クロを精神世界へ送れば、あとはすることなし。
魔物がきたって、あたしは結界を張れるから問題なし。文句は言わせないわ。じゃあ解散!!」
流れるように説明をし、めぐみはクロの腕を掴んで行ってしまう。誰も口を挟むことができなかった。二人の背中が消えてから、ミーがチエコを持ち上げた。
「めぐみさんの言う通りだよ。ボク達はボク達のできることをしよう」
マタタビが黙って頷いた。一番重要な局面で、戦力外認定されたのは腹だたしいが、精神世界の話となれば、自分には何もできない。マタタビに続く形でナナも頷いた。
最後までめぐみが消えて行った方を見ていたのは鈴木だった。
「行くぞ」
心配そうな瞳は消えなかったが、促されて鈴木は城の扉へと向かった。
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