近寄ってくる魔物をなぎ払いつつ、クロとめぐみは走り続けていた。
「あんたよく命中させれるわねー」
 一発も外すことなく魔物の脳天に穴を開けている。
「慣れだな」
 銃弾を装填し、再び放つ。
「オイラからしてみれば、魔法のほうがすげぇよ」
 ミーやナナの使う魔法も凄いが、めぐみの魔法は格が違う。何せ、炎は一瞬にして魔物を灰にすることができ、雷は目にも止まらぬ速さで心臓を打ち抜く。
 魔力が尽きぬかぎり使い続けることができるのだから、燃費もいい。
「あたしは天才だからね〜」
 得意気に炎を放つ。
 焦げ臭い匂いも残さず、魔物は灰へと化す。
「後どれくらいだ?」
「んー。あともう少し」
 めぐみの後ろに迫っていた魔物をクロが打ち抜き、周りを囲もうとしていた者達をめぐみが焼き払った。
「……本当に、危険な場所だからね」
「わかってる」
 クロの声には不安も何もない。
「さあ、ここよ」
 辿りついたのは大きな扉の前。
 まるでゲームのラスボスがいそうな場所だ。
「あっさりついたな」
「でもここからが大変よ」
 扉に手をついて軽く押すと、軋んだ音をたてながら扉が開いた。
 中は廊下よりも暗く、光が見えない。魔物がいないか警戒しつつ、足を踏み入れる。
 暗闇の中は静かで、敵意も殺気も感じない。それが逆に恐ろしさを強調していた。
「気味わりぃな」
 言葉は闇に飲まれて消えてしまう。
「あそこにいるわ」
 めぐみが指差した先も闇しか見えず、クロは返事もせずに進むことしかできなかった。
 ゴローの姿が見えるようになったのは、ずいぶんと近づいてからだった。玉座に君臨しているでもなく、ただ冷たい床の上で横になっている姿はまるで死体だ。
「……生きてねぇみたいだな」
「本来なら死んでるのよ」
 安らかな表情ではなかった。
 苦悶しているかのようなその顔に、クロは悲しくなる。
 生きていても、死んでいても辛いことばかりなんて悲しい。
「さあ、早くしましょ。こんなところにいつまでもいたくないしね」
 めぐみが呪文を詠唱し始める。
 具体的に何をすればいいのか聞かされていなかったが、クロは落ち着いた目でめぐみを見つめる。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
 最後にその言葉を聞いて、目の前が暗転した。




 チエコを城の外へ連れ出した面々は、魔物から身を守るために洞窟に隠れていた。
 未だに目を覚まさないチエコだが、鈴木は城からこれだけ離れたのだから大丈夫だと太鼓判を押す。
「師匠……」
 鈴木にとって、今心配なのはチエコではなく、クロのようだ。
「心配するな。あいつはそうそうのことならば平気だ」
 マタタビが励ますが、鈴木は暗い表情を浮かべたまま。ミーやナナも心配になってくる。
 精神世界など想像もつかないようなところに行っているのだと思うと、心配も度合いを増してくる。
「ボク、一度精神世界ってやつを見たことがあるんですよ」
 ポツリともらされた言葉に、三人は驚く。
「その人は邪に侵されてたわけじゃないんですけど、とても怖かった」
 心も肉体も強靭とは言いがたい鈴木が無事だったのだから、クロが無事でない理由がない。例え邪がいようとも、いなかろうともだ。三人はそう思った。
 精神世界のことを語る鈴木の口は止まらず、いつの間にか体が震え始める。
「今まで生きてきて感じたこと。喜びや楽しみ、優しさ、充実感」
 幸せに生きた時間だけそれらが精神にある。
「そして悲しみや怒り、嫉妬や恨み」
 快楽だけの人生などありはしない。かならずどこかに負の感情が宿る。
「精神世界は自分だけの世界。だから、他の精神が侵入すれば、排除される」
 誰も口を挟むことができずにいた。不安な気持ちが浮き彫りになっていく。
「嫌な感情がボクに話しかけ、ボクの精神に干渉してくる。あの不快感は忘れられません。
 他人の精神に干渉する代償。といえばいいんですかね?」
 どこかの誰かが言っていた言葉を思い出す。
「深淵を覗く者はまた、深淵に覗かれている」
 ミーが口にすると、鈴木は小さく頷いた。片方だけの干渉という都合のいいものはない。
「クロちゃん、大丈夫よね?」
 今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「大丈夫って言ってよ……」
 眉を下げ、瞳は潤んでいる。
 そんなナナを慰められる者はここにはいなかった。


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