あの二人が来る前にさっさと国を抜け出そうとしていたクロは素早く仕度を済ませた。
 とは言うものの、元々この国にこれほど長くいるつもりなどなかったクロは最低限の家具しか家に置かず、いつでも旅に出られるよう準備していたため、鞄を持つだけであった。
「お、早いな」
 玄関から出てきたクロに声をかけたのはミー出会った。
 その腰に、いつもの剣はない。
「……なんでいるんだよ」
 不満気に尋ねるとミーは笑って答えた。
「だって、ついてくるなとは言わなかったじゃないか」
「そうよ。だからあたい達もついていくの〜」
 ミーの後ろから現れたのは白魔導師であった。ミーの肩よりも低い身長なので、まったく気づかなかった。
 にこにこと笑っているナナを見て、クロは危機感を覚えた。
 この女は人を自分のテンションに撒き込むタイプだと判断したのだ。
 自分自身がそうだからか、クロはこの手の勘をはずしたことはない。
「……ところでミー君。いつもの剣はどうしたんだい?」
 いつもとは違う口調でクロが聞くと、ミーは待ってましたと言わんばかりに杖の先を掴んだ。
 ゆっくりと杖の先端がずれていく。すると、煌く銀色の刃が姿を現した。
「仕込み杖……!」
 その発想はなかったとクロが愕然としている横で、ナナは純粋に仕込み杖に感動していた。
「魔術師として剣を持ち歩くのはちょっとね〜」
 だから杖と剣を両立させることのできる仕込み杖を持ってきたのだろう。
 正直なところ、クロだけでも十分な戦力で、ミーは純粋な杖を持ってくればよかったのではないだろうかと疑問に思った。だが、クロはあえてそれを尋ねるようなことはしなかった。
 理由はわかっている。
 何だかんだいいつつも暴れたいだけなのだ。
「おめぇも好きだな」
「クロほどじゃないけどね」
 お互い顔を見合わせて笑う。なんのことかさっぱりわかっていないナナは疑問符を頭に浮かべるばかり。
 二人はお互いに始めての出会いを思い出していた。


 クロが国にきたばかりのこと。
 元々、来るもの拒まず去るもの追わずの国だったので、クロが国に住み着くのにそう時間はかからなかった。
 住み着く。というにはいささか御幣があるかもしれない。クロは町外れにある家を一軒、一括払いで購入してそこにいるだけであった。
 悪事を働くわけでもなく、仕事をすることもない。さすがに奇妙に思った町の者が王に連絡をいれた。あまりにも必死に人々が訴えるので、王も渋々ながら動いた。
 クロを警戒させないようにするためか、王はミーと二人だけでクロが住む家にまで行った。
 そこにいたクロの目は今とは違い殺気だった鋭い眼であった。
「誰だ?」
 警戒しているのか、少しだけドアを開けてクロが尋ねた。
「ボクはミー。あっちは剛くんだよ」
 さすがに『王』だと名乗るわけにもいかないので、ミーは王の実名を答えた。
「で?」
 簡潔な言葉しか使わないクロは一向に警戒心を解こうとしない。
「いや……。ねぇ?」
 さすがにここまで問い詰められるとは思っていなかったミーはどう答えていいのかわからず、王を見た。
 だが王も先のことを考えていなかったため、首を横に振るしかできない。
「…………」
 ミー達のことをさらに警戒したのか、クロは無言でドアを閉める。
「ちょっと待ったぁぁぁ!」
 それにまったをかけたのは勿論ミー。ドアの隙間に手を入れてどうにかドアが閉まりきるのを阻止する。
 ドアを閉めさせまいとするミーと閉めようとするクロ。二人はいたって真面目にドアの開け閉めを繰り返した。二人の力は同等といったところで、決着がつかない。
 今までは近衛兵にも負けることのない実力を持っていたミーはクロの力に戸惑った。
「お前、名前は?!」
 ミーがドアを引きながら大声で聞く。体に力が入りすぎているため、音量を上手く調節できないようだ。
「…………クロ」
 少し考えてクロは答えた。答えるときに、クロが自分の真っ黒な服を見ていたことをミーは未だに知らない。
 次の瞬間、二人は示し合わせたかのように動いた。ミーは後ろへ下がり、クロは外へ出た。
 完璧な戦闘態勢の二人に王は口を挟むことができずに立ちつくしている。
「いくぜ!」
 腰にあった剣を抜き、ミーがクロに突っ込んで行く。
 クロは素早くそれを避け、地面に落ちている小石をミーに投げつけた。偶然なのか、狙ったのか、小石はミーの目のすぐ傍に当たり、ミーの動きが鈍った。
 その隙にクロがミーの顔面を殴りつける。よく見るとクロは丸腰で、素手か小道具を使うしか勝負の方法がない。
「強いな……」
 殴られた頬を抑えながらミーが笑う。
「おめぇもな。こんな王にはもったいねぇよ」
 クロが笑い、ミーは驚いた。
「知ってたのか」
「おうよ」
 クロは全て知っていたのだ。目の前にいるのがどういう人物だったのか、知ったうえであのような態度をしていたのだ。
 このクロという男は思ったよりもずっと手に終えない奴なのだとミーは悟った。
「なんでこんな王に仕えてるんだ?」
 始めと比べ、ずいぶんと柔らかくなった物言いだ。
「……恩人。だからだ」
 ミーは何故この時素直に答えてしまったのか今でもわからない。
 答えてしまったものは答えてしまったのだとしかいえないそうだ。
「そうか」
 またクロが笑う。
 ミーは剣を振るい、クロは拳を振るった。


 昔を懐かしんでいた二人はナナの声で現実に戻ってきた。
「もう! 行くなら早く行く!」
 ナナが怒りながら二人の服を引っ張って行く。

to be……