三人は隣町を目指して森の中に入って行った。
先頭を歩くのは当然クロ。その後ろをミーとナナが並んで歩く。これはお互いがこうしようと決めたフォーメーションではなく、クロが先へ先へと歩いて行ってしまうので、自然とこうなってしまったのだ。
「クロ、もう少しゆっくり歩けよ」
ミーが文句を言う。
男であるミーは多少早く歩かれても平気だが、女のナナはそうはいかない。しかもナナは機動性が低い白魔導師の服を着ているのだ。
「こんな早さじゃ明日になっても町につかねーぞ」
少し振り向いてクロが言い、ミーが眉間に皺を寄せた。
前々から自己中な奴だと思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
クロとミーは多少の付き合いはあったが、まだまだクロのことを知らなかったと思い知らされる。だがそれはクロの方も同じなのだ。
ミーが他人に優しいことは知っていたが、わざわざ自分の歩調をゆっくりとしたものにしてやるほど優しい奴だとは思っていなかった。自分と一緒にいるときはいつも自分のペースで歩いていたというのに。
「いいよ。あたい大丈夫だもん」
ミーの心配をよそにナナは平気そうに笑い、歩いた。
根性のある女だなと感心しつつも、クロは己のペースを乱さない。元々いつもよりゆっくりめに歩いているのだ。
「……面倒くせぇ。ここで休むぞ」
唐突にクロが寝転がった。
突然の行動に残された二人は呆然とするしかない。いくら自由気ままと言っても、これは少々やりすぎなのではないだろうか。
「クロっ! いくらなんでも勝手すぎるぞ!」
ミーが説教を始めるが、クロは気にもとめない。目を瞑り、今にも寝そうな雰囲気だ。
「……あたいはいいよミー君」
怒り爆発のミーにそう言ったナナはおとなしくクロの横に腰をおろした。
惚れた弱みとでも言うのだろうか、ミーには理解できなかったが、ナナはクロのやることにあまり文句を言わなかった。ただ黙ってクロの近くを歩く。それだけなのだ。
理解できないという表情をミーがまだしている間に、クロはすっかり眠ってしまっていた。
「……わかんないなぁ」
「ふふ。ミー君はクロちゃんのこと、なーんにもわかってないのね」
呟くミーにナナが微笑みかける。
付き合いの長さならば、ナナよりもミーの方がずっと長い。だが、クロの奥深くの部分は確実にミーよりもナナの方が知っている。
「クロちゃんは優しいのよ」
ナナの言葉にミーは目を見開いた。
一体どこが優しいというのだろうか。今日もクロはナナのペースを考えずに進んでいたではないか。
「あたいより先に歩いてたのは邪魔な草木を除けようとしてくれたから。今もこうしていきなり寝転んだのはあたい達の疲労を考えてくれたから……」
気づかなかった。だが、よく考えればミーやナナの進行を草木が阻むことはまったくなかった。むしろ普通の道のように歩きやすかった。
よくそんな細かいところまで気がついたなという感心と、クロにそんな紳士な一面があったのだという驚きでミーは何とも言いがたい表情となった。
「そだったのか…・・・」
横で眠っているクロの寝顔をそっと見る。先ほどまでは憎たらしい顔にしか見えなかったが、その印象はくつがえされた。
ふと衝動にかられ、ミーはクロの頭を撫でてやろうと思った。始めてみるクロの寝顔があまりにも幼かったからかもしれない。何の危機感もない子供の寝顔。
あと数センチでミーの手がクロの髪に触れるというところで、閉じられていたクロの目が見開かれた。
「……ミー君か」
鋭い目つきでミーを睨みつける。わずかだが殺気を帯びたその瞳に、ミーは全身の毛穴から汗が噴出すような感覚に陥った。
たった数センチだが、まだミーの手はクロに触れていなかった。触れていなかったのにクロは気づいたのだ。
「おい、向こうにいるのは誰だ?」
殺気を完全に引っ込め、クロは上半身を起こした。
目線の先にあるのはただの茂み。誰もいないはずである。
「誰かいるのか?」
ミーは小声でクロに尋ね、クロはナナが自分の後ろに来るように場所を移動した。
「久しぶりだな。ミー」
茂みから一人の男が現れた。
大きな剣を背中に背負ったがらの悪い男。ミーはその男に見覚えがあった。
「王様は元気ー?」
続いてくりっとした目を持った小さな少年も参上した。
「まあ、国を見るかぎり元気そうですけどね」
聡明そうな青年も続いて出てくる。
「ちょっと退けよ」
今まで出てきたメンバーを押しのけるように手足の長い男の子が現れる。
どのメンバーにもミーは見覚えがあった。
「……ニャンニャンアーミー」
ミーがその言葉を口にしたのを合図に、ニャンニャンアーミーとクロが動いた。
一斉に飛びかかってくるニャンニャンアーミーを全く気にせず、クロはナナをつき飛ばした。少しでもこの場から引き離したかったのだ。
「4号! あの黒いのはあなたに任せますよ!」
聡明そうな青年ががらの悪い男に言った。
「しかたねーな」
4号は不満そうな口調だが表情は嬉しそうだった。
「ミー君! ナナは任せた!」
聡明そうな青年と4号の話しを聞いていたのか、クロは素早くその場を離れた。自分が移動すれば、少なくとも一人はナナとミー君から離れる。
どんどん離れていくクロと4号の背を見送ったナナはミーの方を振り向いた。
先ほどからミーの様子がおかしい。何処か不安気な目をし、落ち着かない雰囲気になっている。
「……どうして、お前らが…・・・?」
ミーが呟くように尋ねた。口調から、おそらく顔見知りなのだろうと予測したナナだが、まだ詳しいことはわからない。ただ、いざとなったら自分がミーを守らなければならないということだけはわかった。
「特に理由はありませんよ」
聡明そうな青年が眼鏡を上げながら答える。
「5号の言う通りだ。ボクらはただここで旅人狩りをしていただけ」
少年が笑いながら言い、腰にあった剣を抜いた。
「あの王に捨てられてからのオレ達の生活はいつもこんなもんさ」
あざ笑うように、そして吐き捨てるように手足の長い男が言う。
「違う! 剛くんはそんなことしない!!」
ミーが訴えかけるように言うが、三人は気にもとめず襲いかかってきた。
「ミー君退いて!!」
とっさにナナがミーを押しのけて杖を前へ出した。
明るい光りが急速に杖の先端に集まり、三人へ向かって発射した。
「ぐあっ!!」
光りを直撃した二人は地面に倒れ、かすった二人は体勢を崩したものの、大したダメージは受けなかった。
ナナ達から少し離れた場所で向きあったクロと4号は睨みあっていた。
「お前、ミー君のこと知ってるみたいだったな」
「ああ、あいつらのことならよく知ってる」
剣を構えたまま二人は話す。穏やかな口調であるにも関わらず、雰囲気は肌を刺すようにピリピリしていた。
「……あいつらは最低の奴らだ」
4号の一言がクロを動かした。
素早く間合いをつめてきたクロに多少驚きはしたものの、4号は素早くクロの攻撃を受け止めた。
「オイラはミー君や剛のことをよく知ってるわけじゃねぇ……」
でも、とクロは続ける。
「お前みたいな奴に最低だと言われるような奴じゃないことは知ってるんだよ!」
クロは4号の剣を弾き飛ばし、4号のみぞおちを蹴り飛ばした。
「くっ……!」
次の攻撃が来る前に何とか立ち上がろうとした4号が見たものは全てを飲み込むような闇を持った銃口だった。
未だに立ち上がることができていない自分と、銃口をつきつけているクロではどちらの方が有利か考える必要もない。
4号は自分が負けるなどと考えなかったが、このままでは勝てる気がしない。手を伸ばして届く距離に剣はなく、武器になるものもない。
とっさに4号は地面の土を握り、クロの目へ投げつけた。
クロも以前ミーに似たようなことをしていたため、驚きはしなかったが視界は確実に塞がれた。
「てめ……!」
クロが目に入った土を落とそうと目をこすっている間に4号は剣を拾い上げ、クロに突撃して行った。
4号の足音を頼りに銃を撃ったクロだが、結果は当然のごとくはずれ。銃弾は4号の足元の土を抉っただけであった。
「貴様に……何がわかる!」
4号の怒鳴り声と共にクロの剣に重い衝撃が走った。
「奴らのことなど何も知らないくせに!」
ようやく目がハッキリと見えるようになってきたクロに放つ4号の言葉。
「オレ達のことなど知らないくせに!」
4号の剣がクロの首を狙う。
「知りたくもねーんだよ!」
4号の剣を容易く受け止め、クロは間合いを開け、銃を4号に向けて撃つ。
間合いが開けば銃を使い、間合いが詰まれば剣を使うクロの戦闘スタイルに4号は翻弄された。
「なん、で!」
一向に決着のつかない戦いに息を切らし始めた4号が聞く。
「なんで、奴らを信用する?!」
「…………」
4号の質問にクロは沈黙で返した。
「答えろ!」
「過去なんて、どうでもいいんだよ」
ようやく紡がれた言葉。
「オイラが知ってるミー君と剛は嫌な奴じゃない」
それだけだとクロははっきりと答えた。
to be…