クロの罪を語るマタタビ。その口から紡がれる言葉に、クロは顔を上げることができない。罪にさいなまれるその姿を見れば、マタタビの話が嘘ではないことがわかる。
「……そんなこと、関係、ない……」
 どうすればいいのかわからず、ただ涙を浮かべることしかできないナナの代わりに、先ほどまで意識を失っていたミーが口を挟んだ。
「ミー君。起きて、大丈夫なのか?」
 青い顔のミーをクロが気遣うが、そのクロの顔も真っ青だった。
「ボクらは、クロのせいで不幸になったことはない!」
 足に力を入れ、ミーは立ち上がり、一歩も引かないと主張するかのような強い瞳でマタタビを睨みつける。クロはその様子を不安げに見つめている。もはや、口出しをする気力もないのだろう。
「キミは、クロがどれだけ辛かったかわからないの?! ずっと、ずっと友達だったんだろ!」
 ミーがクロと始めて出会った時のことを思い出す。何事にも関与せず、世界から孤立したような表情をしていたクロの姿は、今思えば過去の罪に押しつぶされていたのではないだろうか。
 何の迷いもない瞳に、マタタビは口角を上へ上げる。
「違うな」
 マタタビの言葉に、クロはビクリと体を奮わせる。
「今も、昔も、キッドは拙者の仲間だ」
 ミーの横を通り、座り込んでいるクロの手を取り、立たせる。
「お前に不幸にされたなんて思ってない。まぁ、右目のことはそう簡単には許さないけどな」
 笑うマタタビの顔を見て、クロは呆然としている。ミーとナナも呆然とその様子を見守っている。
「ずっと、探してたんだからな」
 そっと腕を回し、マタタビは優しくクロを抱きしめた。懐かしい感覚に、クロは自分の奥底にあったもやが晴れていくようだった。
「右目の方を処理して、お前を探して旅をしてたら、ゴッチと会った。お前にドッチを殺されたと言って、酷く怒っていた。
 このままじゃ、お前が殺されると思い、ゴッチとずっと旅をしてた」
 そんなこんなで、ようやく見つけたクロの隣には、見知らぬ者達がいた。マタタビは不安に駆られた。もしかすると、あの時クロを連れ去ろうとした奴らの仲間かもしれない。
 また、クロが傷つくようなことになってしまったらと思うと、マタタビはいてもたってもいられなかった。
「試すようなマネをして悪かった」
 素直に頭を下げ、謝るマタタビの姿を見ると、とてもじゃないが悪人には見えない。クロの過去を悪く言ったのも、全てはナナとミーを試すためのものだったのだ。
 真実を知った今、マタタビの印象は正反対になった。
「ば……馬鹿野郎!!」
 マタタビの腕の中にいたクロが吼えた。
 腕を振りほどき、マタタビのみぞおちを力一杯殴る。銃の扱いに長けているクロだが、その腕力も並みではなく、マタタビは腹を抑えてうずくまる。
「オイラが、オイラがどれだけ……!」
 クロの目には薄っすらと涙が溜まっている。
「お前が生きてるなんて、思ってなかった。ずっと、ずっと、どうしたらいいのかって……!」
 ミーは始めてクロが泣いているのを見た。今までの、自己中心的でありながらも、どこか優しいクロではなく、まるで幼子のようなクロの姿を見て、あれが本当のクロなのだと悟った。
 本当のクロを見ることができ、マタタビには感謝したいと思いつつ、微笑んでいた二人だったが、幸せな空間はいとも簡単に壊される。
「まあ、そんなことだろうとは思ってたよ」
 男の低い声。マタタビは目を細め、警戒態勢をとり、クロはマタタビの姿を見たときと同じように、絶望した表情を見せる。
「キッド。お前は実にいい狙撃の腕を持ってた。殺しの才能もあったんだろうな。ドッチは、お前に一撃で殺されていた」
 ドッチを殺したという点に置いて、クロは何も否定できない。いかなる理由があろうとも、殺したという事実は揺るがない。
「ああ。そうだ。あんたがオイラを殺したいと言うなら、それもいい……」
 淡々と述べるクロの方へとマタタビが顔を向ける。そこには諦めの表情などなく、ただ本当に真実を述べているだけだった。やっと見つけたというのに、自分の目の前で殺させてなるものかと、マタタビがクロの肩を掴もうとした。その一瞬前にクロは口の形を三日月のようにした。
「だが、今はまだだ。オイラにはやらなきゃなんねーことがあるしな」
 悪い顔をしたクロはマタタビにアイコンタクトを取る。長年離れていたが、クロが何を言いたいのかすぐにわかった。
 マタタビはすぐさま懐に手を入れ、一つの袋を取り出した。いったい何が起ころうとしているのか、皆目検討もつかないナナとミーの腕をクロが掴み、一気に走り出す。
「な、何?!」
「いいから行くぞ!」
 走りさるクロを追いかけようと、ゴッチが足を踏み出した瞬間、マタタビは取り出した袋をゴッチの目に向かって投げつけた。投げつけられた袋は簡単に破れ、中に入っていた粉がゴッチの目に降りかかる。
「――――――っ!!」
 袋を払いのけ、ゴッチは目を抑えてその場にうずくまる。声にならぬ悲鳴は、想像を遥かに越える激痛であることを他の者達に理解させる。
「盲目草の粉だ。一週間くらいは使いものにならんだろう」
「さすがだな」
 先に走り出したクロに、マタタビはあっという間に追いついた。クロを探す旅をしている間も、自分の能力に磨きをかけていたようだ。
「えっと……。マタタビ、君?」
 ミーが走りながら言う。
「何だ?」
「キミも一緒にきてくれるの?」
「……何でお前達は旅をしてるのだ?」
 そう言えば、というような表情を見せるマタタビに、ミーは思わずこけそうになる。言われてみれば、この旅の目的を知っているのは当事者達だけなのだから、マタタビが知らなくとも無理はない。
 だが、あれほどのことをゴッチにしておいて、何故旅をしているのか、クロが何をしようとしているのか、知らないなどとは思ってもみなかった。
「なんか、魔王っつーのを倒せって言われてんだよ」
「ふーん。ま、一緒に行ってやるよ。放っておいたら、ドッチに殺されかねんからな」
 簡潔な説明をしたクロに、適当な返事をしてマタタビは笑った。


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