近くの町まで走った四人。クロとマタタビは平気な顔をしていたが、魔力を使っていたため、体力に限界がきていたミーとナナはくたくたになっていた。
 幸いにも、夜は明けていたので、適当な宿屋に泊まることができた。
 空き部屋が三つしかなかったため、ナナとミーを個室。クロとマタタビを同室にしてもらった。ナナとミーは部屋に入ってすぐ、泥のように眠った。旅に出てたった一日しかたっていないというのに、様々なことが一度に起きた。疲れるのも無理はないだろう。
 相室となったマタタビとクロは、さっきの興奮もあり、眠ることはなかったが、何かを話すということもしない。長い空白の時間が、二人の間に流れる空気を淀ませる。
 お互いに気まずい空気を感じてはいたが、どうすることもできずに早く朝が来ればいいと心の内で思っていた。
 静かな時間が過ぎるにつれ、ソファに腰をかけていたクロの体が船をこぎ始めた。クロにとっても、今日は怒涛の一日であり、疲れていないはずがなかった。
 体は興奮から冷め、眠りを欲している。だが、この気まずい雰囲気の中で眠れるほど、クロの神経は図太いものではなかった。
 昔と変わらない意地っ張り具合に、マタタビは密かに笑う。
「キッド」
 優しく名前を呼ぶと、眠たげな瞳がマタタビを映す。
「久々に二人で寝るか」
 クロの手を掴み、一つしかないベットにクロを引き込む。一瞬、驚いた顔をしたクロだが、すぐに眠気に負けてしまう。
「……誰が、おめぇ、なんかと」
 口はマタタビを拒否するが、体はベットの中に収まり、眠る態勢に入っている。その隣にはマタタビがいる。
 徐々に眠りに落ちていくクロを見つめ、マタタビは昔、自分達の親代わりだった男が歌ってくれていた子守歌を口ずさんだ。夜と共に生きる生活を長く続けていたマタタビにとっては、これからが活動時間。陽が昇り、クロが目覚めるまでマタタビはクロの寝顔を眺めていた。



 まだ陽が昇って間もない時間、人々の多くはまだ眠っている時間に、クロとマタタビの部屋の窓に奇妙な鳥が現れた。
 その鳥は何度も軽く窓をつつく。始めは無視していたマタタビだったが、あまりにもしつこいその行為に、苛立ちを覚え、鳥を捕まえてやろうと思い、そっとベットから抜け出た。
 窓に近づき、ようやく気づいた。
 鳥の体は鉄でできていた。
「何だ、これは……?」
 警戒しつつ、窓を開ける。すると、鳥は勝手に室内に入り、クロの横へとまった。
 ゴッチがよこした罠だったらと思い、慌てて鳥を捕まえようとしたマタタビだったが、その行動はすぐに止まることとなる。
『クロちゃん! 大変なことがわかったんだ!』
 鳥の口から聞こえてきたのは人間の声だった。クロの名前を呼んでいることから、クロの知りあいなのだろうと推測したマタタビはすぐにクロを起こした。
 その間にも鳥の口からは延々と言葉が流れていたが、マタタビはどうにかなるだろうと、気にも止めなかった。
「……ん、だよ……」
 ようやく目を覚ましたクロは、まだ回転しきっていない頭でマタタビの言葉を聞く。そして自分の隣にある機械仕掛けの鳥を手に取る。
「コタローか……」
 音を発しなくなり、動くこともなくなった鳥をクロは眺める。
「お。これ、再生ボタンじゃね?」
 そう言うなり、クロはボタンを押した。
『クロちゃん! 大変なことがわかったんだ!』
 鳥の口からは先ほどマタタビが聞いた声が流れ始めた。
『魔王の正体……が、わかったんだ』
 声しか聞こえないというのに、コタローの悲しげな表情が目に浮かんだ。
 クロの頭はすでに寝起きのものではなく、全ての言葉を胸に刻もうとしているかのように真剣に耳を傾けていた。
『クロちゃん、覚えてるかな? 昔、この国にきた男の子と女の子のこと』
 魔王の話から一転して昔話を始めたコタローに、二人は首を傾げる。とりあえず、マタタビはクロの方を見てコタローの言っている二人組に覚えがあるのかと目で尋ねた。
 マタタビの疑問に、クロは小さく頷いた。
『覚えてなかったときのために、少し説明しとくね。
 男の子の名前はゴロー。女の子の名前はチエコ。孤児だって行って、この国に流れついた二人だよ』
 始めて二人に会ったとき、クロはどこか自分と似ていると思った。だからこそ今もしっかりと記憶に残っている。
『魔王はね、ゴロー君なんだ』
 クロは勢いよく立ち上がった。
 信じられないという気持ちが一番。何故という気持ちが二番だった。
『チエコちゃんが手紙を書いてくれたんだ』
 コタローは、チエコから送られてきた手紙の内容を要約して話した。
 二人はただの孤児ではなかった。ひどく環境の悪い孤児院から逃げてきていた。その孤児院は金のためならば何でもすると有名だった。ある日、孤児院の大人達がゴローを奴隷として売ろうとしていることをチエコは知ってしまった。
 そして逃げていた時の通過点として、剛が治める国があった。居心地のいい国を出たくはなかったが、それ以上国に留まることもできず、二人は再び国を抜けたのだが、次の町で孤児院の人間に捕まってしまった。
 ゴローが売られようとしている家の主は、ゴローのことを気に入っていた。捕まれば何をされるかわからない。そう思い、二人は必死に逃げていたというのに、二人は連れ戻されたあと、やはりいらないと言われた。
 ゴローを買い取ろうとしていた主は飽きてしまった。多額の金額をかけてつかまえた二人の子供は、何の価値もないものになり下がった。その苛立ちを大人達はゴローにぶつけた。ゴローは、チエコの前で殺されてしまった。
 誰にも言っていなかったが、チエコには不思議な力があった。ずっと隠していたその力を使い、チエコはゴローの亡骸を抱いて逃げた。もう追っ手はなかった。
 森の奥、チエコは泣き叫んだ。
 ただ親がいなかっただけ。偶然、性質の悪い孤児院に引き取られてしまっただけ。それなのに、ゴローは死んでしまった。
 してはいけないことだと分かっていたが、チエコは一つの罪を犯した。
『彼女はね……反魂法を使ったんだ』
 おとぎ話でも聞かないような術だった。
 人を甦らせる術。何故チエコがその術の存在や、使い方を知っていたのかはわからないが、チエコはそれをゴローに使った。
『でもね、あんなもの、ただのまやかしなんだ』
 甦ったゴローは、見た目は普通だった。しかし、中身は別物だった。
 死の瞬間の恐怖や憎悪だけで出来た人間として、ゴローは甦ってしまった。
 そんなものでできたゴローは魔物を従わせる力を身につけていた。一度死んだ人間が、もう二度と死にたくないと思い、黄泉の世界から持ちかえった能力だとチエコは言ったらしい。
『今、二人はサクラの森の奥に隠れてるらしいんだ……』
 サクラの森はこの町から目と鼻の先だった。こんなにも近くに魔王と呼ばれる存在がいるというのに、周りは何とも平和なことだ。もしかすると、ゴローの奥に眠る感情がそうさせているのかもしれない。
『ねぇ……。クロちゃん、ゴロー君を、助けてあげて!!』
 コタローが涙目になっているのがわかる。
 世界を救うなど、自分のガラではないとクロはずっと思っていた。
「キッド?」
 だが、知っている者を救うのならば、案外合っているのかもしれない。そう思うと、クロの口は自然と上へ上がった。
「ミー君達起こして、今の話聞かせるわ」
 クロはするべきことをしっかりと視界におさめた。


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