『死を追いかける』

 剛くんが死んだ。いつもみたいに買い物から帰ってきたら剛くんが苦しんでいて、最後に『ありがとう』って言ってた。
 馬鹿だなぁ……。それはボクの台詞なのに。
 ボクを拾ってくれてありがとう。ボクといてくれてありがとう。ボクに生きる意味を与えてくれてありがとう。たくさんのありがとうを伝えたかった。
 いつか、いつかこんな日がくるって、わかってたはずなのに。ボクはまだ信じられずにいる。剛くんの死を。何で死んじゃったの? ボクを、置いていくの?
 剛くんがボクの目の前で死んで、ボクはずいぶん前から別々に暮らしていたコタロー君を呼んだ。ボクにはどうにもできなかったから。剛くんを助けることも、剛くんの死を確かめることも……。
「……もう、手遅れだよ」
 コタロー君は予想通りの言葉を言った。当たって欲しくなかったのになぁ。ボクが呆然としていると、コタロー君がみんなを呼んでくるから、お葬式をしてあげよう。って言った。そうだね。お葬式をしなくちゃね。
 コタロー君がみんなを呼びに行っている間、ボクはずっと剛くんの傍にいた。剛くん一人じゃ寂しいよね?
「世界征服。できなかったね」
 そう言うと、涙が零れてきた。ああ、剛くんは本当に死んだんだ。
 遠くの方から走ってくる音が聞こえる。
「ミー君……」
 クロの声。ボクはクロの方を見て頷く。嘘じゃない。そう伝えるために。
 マタタビ君は黙って頷いてボクらの家の横に小さな小屋を建ててくれた。そこで剛くんのお葬式をして燃やすんだって。剛くんの体が、燃えてる……嫌だな。そんなの。
 相変わらずの速い仕事で、お葬式用の小屋は完成した。ボクらだけのお葬式。お経をあげてくれる人なんていない。でも、泣いてくれる人はたくさんいる。
 ロミオとジュリエットは泣いてないけど、子供と一緒に悲しそうな顔をしてくれてるし、鈴木とめぐみちゃんは普通に泣いてくれる。
 ボクも泣いてるけど、ナナちゃんやチエコちゃんの方がいっぱい泣いてくれた。あんなに泣いて、体中の水分がなくなっちゃうんじゃないかな?
 ゴローとマタタビ君は黙って涙を堪えてるように見える。ただ、クロだけはよくわからなかった。
 ただ、黙ってた。ゴローやマタタビ君みたいに堪てるようには見えないけど、悲しんでないようにも見えない。相変わらずよくわからないやつだな。
「……さようなら剛博士」
 火をつけたのはコタロー君だった。燃えていく小屋と煙りをみんなで見送った。剛くんさようなら。ありがとう。


 剛くんが死んで数日。ずっと考えてた。ううん。剛くんが生きてる時も考えてた。

 剛くんが死んだら、ボクも死のう。

 ボクにとっての世界は剛くんだった。剛くんがいなくなった世界にいる意味はない。でも、死ねなかった。
 何度自分にガトリングを向けても、発射することができなかった。剛くんがボクの体をそういう風に作り変えてたみたいだ。さすが剛くんだなぁ。ボクのすることは何でもお見通しってわけか。
 コタロー君にこのプログラムを解除するように言ってもしてくれないだろうなぁ……。
 誰かに、壊してもらうしかないのかな……。
「よおミー君」
 いつもと変わらない調子のクロがいた。剛くんが死んだなんて嘘みたいだ。
「なに?」
 ちょっと棘のある言い方になったけど、これくらい許されるよね。剛くんが死んで、ボクがこんなに悲しんでるのに、クロは全然そんな素振りもみせない。まるで、もともと剛くんなんていなかったみたいだ。
 ボクの言い方も気にならないのか、クロはさっきからずっと同じ表情だ。
 本当に何しにきたんだろう? クロの主人もずいぶん前に死んじゃって、今はマタタビ君と二人でのんびりあの家に住んでて、この辺りには滅多にこないのに。
「別にー。ただ……」
 言葉を区切ったクロがガトリングを手に装着する。
「死にてぇんじゃねーかと思ってな」
 ボクの頭にガトリングがピッタリくっつく。
 何でわかったんだろう。
「……オイラにも似たような経験があるからな」
 クロは悲しそうに笑った。多分、これが『キッド』の表情なんだろうな。
 ボクが静かに頷くと、クロのガトリングから銃弾が発射された。
「……なんで、みんなオイラを置いていくのかねぇ……」
 ガトリングの弾がボクの頭を撃ち抜いているのに、ガトリングの大きな音がボクの耳を支配しているのに、クロのその一声だけは確かに届いた。


マタタビ