全ての始まりは、愚かな忍による一言であった。
「なあ、お前外へ出たいか?」
上忍程度の実力しか持たない忍が金髪藍眼の少年、ナルトに尋ねる。生まれてこのかた一度も外へ出た事のないナルトは迷いもせず首を縦に振る。
「よーし、それじゃあ今日の真夜中、外を見ろ」
邪悪な笑みを浮かべながら言う忍だったが、喜びでいっぱいのナルトは気づかなかった。まだナルトは何も知らなかったのだ。何故自分が外へ出してもらえないのか、自分の中に何がいるのか……。
「お兄ちゃん、ナルトを出してくれるの?」
嬉しそうなナルトの言葉を男は無視した。忍は最低限のことしか喋りたくはなかった。九尾を、ナルトを恨むその男の目には、ナルトは汚れたものでしかなかった。
忍に無視されたナルトはそれから喋らなかった。今日始めて見るであろう外へ思いをはせていた。
しばらく経つと男は何処かへ去り、火影が現れた。火影に何かあったか聞かれてもナルトは何もなったと答えた。
火影はいつも以上に嬉しそうなナルトを見て不審に思ったが、特に追求はしなかった。その選択が後にどうなるかも知らずに……。
ナルトにとって運命の時刻。真夜中は刻一刻と迫っていた。
夜中―初めての町に心躍らせナルトは窓を開けた。
ナルトは下にあるマットを見て思わず笑みを浮かべる。そしてためらうことなく飛び降りた。
いつもどんな無茶をしても平気だった。怪我をしてもすぐに治った。それをナルトの世話をする者は苦々しげに、火影は悲しそうに見ていた。
上手くマットの上に落ちることができたナルトは、身体中についたほこりを払い周りを見る。すると当然のごとく、いつも部屋から眺めていた町の風景があった。
夜の町とはいえ、ナルトにとっては不思議でいっぱいの世界だ。人より五感の鋭く、人や動物の気配を感知するナルトだが、人の気配をここまで多く感じたのはこれが初めてだった。
今まではずっと外に出られなかった。暗い部屋の中でいるしかなかった。
町を探検していたナルトは、後ろの方で知っている気配を感じ振り向いた。
そこには昼間の忍がおり、ゆっくりとナルトに近づいてくる。
「こっちに来いよ、おもしろいもの見せてやるぜ」
おもしろいものに期待を膨らませたナルトは忍を信用し、後をついて行った。
ずいぶん歩き、路地裏に近づいていく。するとナルトは足を止めた。
危険を肌で感じたのだ。何か、禍々しい雰囲気が漂っている。今まで感じたことのない恐ろしいもの。
その場を一目散に逃げようとするナルトの腕をあの忍が掴んだ。
「どこへ行く……?」
その目は恐ろしく冷たかった。忍の気配もあの感じたことのない恐ろしいものへ変化していた。何とか逃れようとナルトがあがくが、相手は現役の忍、適うはずもなくあっさり路地に連れて行かれてしまった。
「なっ!何すんだよ!」
必死に叫ぶナルトを大人が囲んでいた。その何ともいえぬ気配は憎しみと殺気……。
火影に大切にされて育ってきたナルトには、これが何なのか分からなかった。
嘘だ。
ナルトはこの気配を知っていた。憎しみと殺意でドロドロになってしまったこの気配をずっと浴びていた。
でも気にしてはいけなかった。
憎まれるような子供ではない。だって、今までこうして生きてきたじゃないか。
「化け物」
一言、男が言うとそれがスイッチのように、全員が口々に言葉をつむいだ。
「消えろ」「死ね」「家族を帰せ」「お前なんて……」
呪いのような言葉と共に彼らはナルトを足蹴にした。背を腹を顔を蹴られ、殴られ、ナルトは口から血を吐き、体には痣が出来ていた。それでも彼らは暴行を止めない。
ナルトは体を丸め、痛みに耐えた。助けを求める声は逆効果となり、敵を増やすと知った。
「――――」
あの忍が他の者を制してナルトに近寄った。
ナルトは助けてくれると期待を寄せた。しかし、忍のとった行動はナルトの思いとは正反対であった。
忍はナルトの背に刀を突き刺したのだ。
突き刺した刀を使い肉をえぐる。その場に今までにないほどの鉄の匂いと肉のえぐれた音がした。
「あ……ぐ……ああああ!!」
背中が痛む。熱く燃えるような痛みがナルトに走る。
そんなナルトの叫び声を聞いて周りの大人は口元に笑みを浮かべていた。
「じい……ちゃ……」
ナルトは一番近い人物に助けを求めた。誰でもいいから助けて欲しい。心の底から願った。
しかし刀を抜かれ、さらに血が流れてもまだ暴行は続けられた。
今まではどんな怪我をしても平気だった。だけど、今回ばかりは治癒が間に合わないと本能が告げる
痛みと苦しみ、助けは来ない。自分はここで死ぬのかと考えながら別の思いが生まれた。
その思いの名は怒りと殺意
殺される、何もしていないのに……。殺されたくない。頃されないためには……先に殺す。
思いはあるが、力のないナルトは殴られる瞬間に目を閉じることしかできない。
しかし一向に痛みはこない。ナルトは恐る恐る目を開けた。
そこは、赤黒く染まった世界であった。
「だ……れ……?」
ナルトはそこに立っていた青年に話しかけたが、怪我の痛みと疲労で青年の答えを聞く前に気を失ってしまった。
青年はナルトに近寄ると、ナルトの背中に手を添える。優しい光りが傷口を覆い、ゆっくりと塞いでいく。
「ナルトよ……わしを身に住ませし子供。お前は力を求めた、わしはお前を気に入った。だからお前を守り、強くしてやる」
それはナルトの身に封じられた九尾であった。自分がいるがために迫害されるナルトへの罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
九尾は血が止まったナルトを抱えて消えた。
ナルトが目を覚ますといつもの部屋だった。
太陽はすでに昇っており、朝なのだと知る。
「う……ん…?」
怪我も無く、夜のことが嘘のように思えた。いつもと同じ……ただ、見知らぬ緋色の長い髪の男が居るのを除いては。
「あんた……だれ?」
大人への信頼をなくし、冷たい瞳を宿したナルトが思ったことを口出す。すると男は紅の目を向けて答えた。
「俺はお前の中に封じられている妖狐、紅焔だ。
オレはお前の聞きたいことの答えを殆ど知っているだろう。さあ、何でも聞け」
ナルトは疑いながらも紅焔に様々なことを聞いた。ナルトが暴行された理由。その理由となった九尾と封印のこと。
紅焔の術で今は人が来ないと聞いていたので、ナルトはじっくりと話を聞き、考えた。
「じゃあ何で紅焔はここにいるんだ?」
ナルトのもっともな質問に紅焔は笑みを浮かべて答えた。
「お前は力が欲しいと願った。俺はお前に力を貸したかった。同じ答えにたどりつき、同調したから封印が弱まった」
ナルトは歳からすれば理解力、物覚え共に良かったので紅焔の話をすぐに理解した。
ずっと気づくまいとしていたあのドロドロとした気配が何故自分に向けられていたのかも、どうして今まで怪我の治りが早かったのかもナルトは知った。
「でも、紅焔はこんなに良い奴なのにどうして封印されたんだ?」
紅焔は少し沈黙した後、苦々しげに答えた。
「この里の奴が俺の縄張りに入ってきて荒らしやがったから、この里を襲ったんだよ。まあ俺を封印した奴はそのことを知らなかったんだけどな」
あまりにも器の小さい話しかと思い、紅焔がナルトの方をちらっと見ると、ナルトは目にいっぱいの涙を溜めていた。
紅焔は齢五千年生きているとはいえ、子供を持ったことはなく、どうするべきか分からなかったので、一匹で里を滅ぼしかけたとは信じられないほど慌てていた。
「何だ?! どうした?!」
「だって…酷い……。紅焔、悪くないのに……」
ナルトが自分の為に泣いていると知って、嬉しさのあまり紅焔はナルトを抱きしめた。
紅焔がたくさんの人間を殺したことは話した。にも関わらず縄張りを荒らされた紅焔のために泣いてくれている。縄張りを荒らされたうえに封印までされてはあんまりだと。
「良いんだ……今はお前もいる……お前がいれば俺は悲しくない」
「本当…?」
ナルトが紅焔を見上げた。それは涙が蒼い目とあっていてとても綺麗だった。紅焔は不覚にも一瞬ドキッとした。
「ああ……それと、これからはお前に色々教えてやるからな」
紅焔がナルトの頭を撫でて言うとナルトは嬉しそうに笑った。
「しばらくは火影にも俺のことは内緒だぞ、後お前は強くなる。だからあまり力を見せるな、狙われる危険が高くなる」
ナルトは紅焔の真剣な声色に、少し考える素振りを見せたが、すぐに承諾した。
こうしてナルトと紅焔の生活が始まったのだ。
第二話 妖術と火影