妖術と火影 「紅焔!見て見て!!」
 そう言うとナルトは手をと合わせた。そして手を離して手のひらを上に向けると、青白い炎が一つまた一つと出てくる。
「おお!! 狐火か! すごいぞナルト!」
 紅焔に褒められてご満悦なナルトは次々に妖術を使う。
 ナルトは妖術など、人間の使わない術を使いまくった。普通の忍が使えるような忍術ばかり教えても楽しくない。
 せっかく自分の妖狐としてのチャクラが使えるのだから、それなりのものを使ったほうが楽しいという紅焔の考えから、ナルトは数々の術を知った。そしてそれが楽しくてしかたがないのだ。
 嬉しそうにはしゃいでいるナルトを紅焔が見守る。そんなほのぼのとした空間にによく知った声が聞こえてきた。
「ナルト、入るぞ」
 火影がナルトの部屋の前にやってきていたのだ。ナルトに集中していたため火影が近づくのに気づかなかった。
 慌てて姿を消そうとしたが、時すでに遅し、火影はナルトの部屋の扉を開けてしまった。
「…………!!!!!」
 紅焔と同じくナルトの部屋を見た火影も固まった。ボロボロになった壁、見知らぬ男、もはや何処に驚けばいいのかわからない。
「じい…ちゃん…」
 ナルトも紅焔との約束があるので、どう言うか迷っていた。
 ただ、おろおろと紅焔と火影を見るばかり。
「……とりあえず、話を聞かせてもらおうか…」
 わずかに怒気の漂う火影にナルトは固まり、紅焔は冷汗を流していた。
 ナルトはこんなに恐ろしい雰囲気の火影を知らなかった。
 紅焔はこれ以上に恐ろしい者を数多く知っていたが、子供同然のナルトを守るためならば火影がどのようなことでもしでかすとわかっていた。
 その場に座り込んだ火影の威圧感にナルトは負けそうになるが、しっかり火影を見据える。
「さて…その男は誰じゃ?」
「俺は紅焔だ三代目火影よ」
 ナルトへの問いかけだったのだが、紅焔が先に答えた。
 老いたとはいえ火影。余計な口出しをしてきた紅焔を睨みつける。無論紅焔も黙って睨み返し、部屋中に緊張した空気が流れた。
「そうか……それでこの部屋のありさまはなんじゃ?」
 どんな空気が流れていようが、火影の口調に怯えや不安はなかった。
「それは………俺の術…」
言ってもよかったのだろうかとナルトは紅焔を横目で見る。
 火影は驚きのあまり目を見開いていたが、すぐに気を取り直して次の質問をすることにした。
 今大事なのは、驚くことではなく真実を究明することなのだ。
「ナルト…なぜ忍術を…?」
「紅焔が教えてくれたんだ!!」
 嬉しそうにしているナルトを見て、微笑ましく思った火影だが、見知らぬ男の存在が気にかかる。
 先ほどからずっと火影を睨みつけている紅焔を、火影は更なる殺気を向けて睨みつけた。
「お主……ナルトに余計なことを言っておらんだろうな?」
 殺気交じりの火影の言葉を聞いた紅焔は、笑いをこらえるように腹を押さえていた。
 火影の言う『余計なこと』とはすなわち九尾や封印のこと。
「何がおかしい?」
 火影が訝しげに紅焔を見ながら言う。
「知らなかったのか? ナルトの命を狙う者の存在を。
 そんなはずないだろ? どっちにしろ、俺は何もいってねぇよ。まあどっかで炭になった馬鹿な忍が言ったがな」
 手のひらに出た赤い炎で火影を威嚇しつつも、紅焔は妖らしくあざ笑い、言い返す。
 長年忍として生きてきて、様々な死線を潜り抜けてきた火影であったが、これほど恐ろしい殺気はなかった。
 今は一刻も早く紅焔の殺気から離れたかった。灰になった馬鹿な忍という言葉が脳内から消え去るほど火影は強く思った。
「ではナルトよ………お主はその男を信用しているのか?」
 紅焔の台詞に多少の違和感を覚えつつも火影はナルトへ質問することで紅焔から逃げた。
 そんな火影の質問にナルトは当然といったように、胸を張って答えた。
「当然!! 紅焔はじいちゃんよりも信用してる!!」
 火影はどこかさみしく感じ、不安にもなった。
 そこまでこの男を信用して本当にいいのだろうか。少なくとも木の葉の忍ではない。もしかすると敵国の忍かもしれない。
 だが、今までナルトを守ってもやれず、放って置いた自分がどうこう言えるものではないと考えた。
 何もしてやれない自分に比べれば、敵国の忍でもナルトの信用に値する者の方が明らかにマシというものだろう。
 敗北を認めた火影はそのまま部屋を後にしようとしたが、ナルトの言葉に引きとめられた。
「じいちゃん、これの狐はねーの?」
 ナルトの天真爛漫な声に振り返った火影は、ナルトの手に持っている物に驚かざるえなかった。その手に持っていたのは暗部のお面。
「ナルト…それをどこで……?」
 暗部だけが持つ面。拾ってきたとは考えにくい。だからと言って、暗部がナルトにあげたなどもっと考えられない。
 驚きのあまり蚊の鳴くような声しか出ない火影が尋ねる。
 火影の質問を聞いた紅焔が壁に近づくと、何もなかった壁から扉が出てきた。紅焔が扉を開けるとその中からは二十はありそうなお面が雪崩れのように落ちてきた。
 それは間違いなく暗部のお面。あの忍がナルトを連れ出し、暴行を働いたことをきっかけに、今まで息を潜めていた者達が毎晩のように襲ってくるようになっていたのだ。
「どっかで炭になった奴らのだ」
 さらっと紅焔が言う。
 火影は痺れてうまく働かない頭の片隅で、先ほどの紅焔の言葉を思い出していた。
 『どこかで灰になった馬鹿な忍』まさかそれが暗部だったとは。まさか暗部が里の重要機密をもらすようなマネをしているとは。
 信じられなかった。信じるわけにはいかなかった。
「これって、強い奴がつけるんだろ?」
 紅焔はナルトにあのお面は強い奴が自分の正体を隠すために使うと教えたため、ナルトは自分も欲しいと言い出したのだ。
 あながち間違いではないが、その前にもっと教えるべきことがあったはずだ。
「なーなー!お願い!!」
 いままで多くの暗部を倒したが、狐はなかった。それがナルトには不満でたまらなかった。
 ナルトにとって、狐は紅焔という信用できる者をあらわすもの。
 しかしそれに引き換え、木の葉では狐は九尾をあらわす不吉の象徴とされているので、狐のお面は存在しない。
 ナルトが狐の面を探し出せないのも無理はない。
「よいかナルト……暗部というのはな…」
 火影はナルトに暗部のことを教えることにした。
 危険な仕事をする特殊部隊で、時には人を殺める過酷な仕事だと。しかしそんなことを聞いてもナルトはそれがどうしたのだろうと首を傾げるばかりであった。
 外にも出さずに育ててきたため、その辺りの常識が欠如しているのだろうかと冷汗を流す火影に紅焔が囁く。
「くっくっく…火影よ、ナルトは今までにその暗部をいともたやすく葬ったのだぞ?」
 それは冷たく恐ろしい声だった。火影は紅焔の声に数年前の九尾を思い出す。
 火影は冷たいその声に紡がれた言葉の意味をどうにか受け止めた。
 すなわち、ナルトはすでに暗部以上の実力を持っている。ナルトは全てを知っている。
 それは全て火影である自分の責任なのだと。
「しかし……それならば、試験を受けるのじゃ。
 内容は簡単、ただあの山のどこかにある藍の玉を見つけ出すこと。期限は明日の夜明けまで……これが出来たら暗部として認めてやっても良いぞ」
 火影の言葉にナルトは満面の笑みを浮かべ、次の瞬間には紅焔と共に消えていた。
 何とか受け入れた真実を肯定するかのような瞬身の術に火影はため息をつく。
 できれば、全てが嘘であって欲しかった。
『……あの任務はSSじゃから、いくら暗部を倒したナルトでも無理じゃろう……』
 そう考えた火影は、水晶でナルトの様子を見ようと火影室へ向かった。
 少々卑怯な気もしたが、可愛いナルトを暗部にするぐらいならば、わざと無茶難題をつきつけて諦めさせるのが一番だろう。
 念のため、火影室の水晶でナルトを見守り、何かあった場合にはすぐに助けに行けるようにしておいたのだが、水晶には何も映らない。
 何者かが結界を張っている。
「あの男か……」
 誰が結界を張っているのかは容易に想像できた。
 もしかしたらこれに乗じてナルトを攫って行ったのかもしれない。
 そんな不安をかかえ、じっと時を過ぎるのを待った。
「じいちゃん!!」
 不安をかかえていたため、ずいぶんと長い時間に感じたが、実際には数十分でナルトは帰ってきた。
「ナ…ルト……?」
 さすがの火影も驚くしかない。
 あの山は標高二千m以上の大きな山で、獰猛な動物も数多く生息している。
 そのうえあの山は大昔、盗賊の隠れ家となっていたため、罠も多いあの場所から一つの玉を探し出すのは非常に困難のはず…。
 暗部を数人使えば一日で探し出せるかもしれないという程度で、例え探し出せたにせよ無傷ではすまない。
「ナルト…お主、平気なのか?」
「何言ってんだよ〜メッチャ簡単じゃん!」
 少し不満気味のナルトを見て、火影は少しナルトを恐れた。数々の罠、獰猛な動物、それらを切り抜け、玉をたやすく手に入れたナルトは木の葉で最強となるだろうことは容易に想像できた。
 術を教えられたからと言っても、短期間でそこまで強くなれるはずがない。
 なのにナルトは強くなった。短期間でこれほどまでに強くなるには生まれ持っての才能と、生死に関わるような事態が起こる必要がある。
 人は、生死に関わる事態が起こった時に、一番強くなる。
「じいちゃん?お面は?」
 手を出してお面を要求するナルトは何か生死に強く関わる出来事を経験したのだろう。
 少し想像すれば、ナルトにいつ何時、そのような事態が起こってもおかしくはないとわかったはずなのだ。
 火影は自分の甘さを呪い、ナルトにまだ何も彫られていないお面を渡した。
 もう、できることはこれぐらいしかない。
「自分で彫るがいい、だがお主もこれで暗部だぞ?」
「わかってるって!!ありがとじいちゃん!」
 心底嬉しそうに言うと、ナルトはその場に元からいなかったかのように消えてしまった。
 ナルトが消えたのに紅焔はその場に残っていた。そして呟いた。
「……そうだ。俺もお面がいる。紅い面をくれ。ないのなら自分で染める」
 火影は無言でナルトと同じお面を紅焔に渡した。渡さないという選択肢はそこに存在していないのだ。
 とはいうものの、まだ紅焔を信用しきれずにいた。ナルトのそばに置いておいても大丈夫かと……。
 これ以上ナルトを傷つけるようなマネだけはしたくない。
「気になっているようだな……まあいいだろう。俺は紅焔。人は俺を九尾と呼んだ」
 それだけ言うと紅焔は静かに姿を消した。
 残された火影は本日何度目になるかわからない驚きを受けていた。
「……そうか、九尾……か」
 体の力が一気に抜ける。今まで自分はあの九尾と睨みあいをしていたのだと考えると恐怖が体を駆け抜ける。
 あの九尾の事件の後に里の者が九尾の縄張りに入ったことが分かった。
 しかもそれだけでなく、その者達は興味本位に九尾を探そうとし、草木を燃やし辺りを不毛の土地にしてしまっていたのだ。
 そんな真実も里の者は知らずにいる。このことを里の者に公表してしまい、万が一他の里にまで広まってしまったら、木の葉が他の里に付け込まれる可能性が出るので公表できずにいる。
 だから火影は紅焔の怒りもわかる。そして紅焔がナルトを大事にしているというのもよくわかっていた。
 だからこそ生まれる不安もある。
 ナルトを恨み、殺そうとまでした里の者に紅焔が何らかの復讐を実行するやもしれん。
 しかしそれでもいいと思えてしまうのは、濡れ衣を着せてしまっていた紅焔が自由になったという安心感とナルトを不幸にしたくないという親馬鹿的な考えがあるからだろう。


 火影がナルトと紅焔のことで頭を抱えている頃、二人は仲良くお面を彫っていた。
「出来た!!」
 ナルトが上手に狐型に彫ったお面を紅焔に見せた。嬉しそうに騒いでいるナルトに、紅焔も自分が彫ったお面を見せた。
「紅焔すっげ〜!」
 紅焔のお面はナルトと同じ狐だが、その色は紅く染まっていた。
 基がナルトと同じ物だとは思えないほど美しい紅いお面にナルトは心を奪われた。
「ほらナルト、明日から正式な暗部だから、いっぱい術を覚えような」
 紅焔はそう言って代々火影に伝わる禁書を出してきた。
 先ほど火影室に行った時にでも盗っていたのだろう。
「うわー!おもしろそー!!」
 火影の禁書も、ナルトの前ではおもちゃ同然だった。
 
 その次の日、ナルトは金蒼きんそう紅焔は朱九しゅくと暗部名をつけた。
 そしてその二人は、他国に名をとどろかせる木の葉最強の忍となった。


第三話 任務中