嫌いなものはあなたです  一班、また一班と減っていき、ある一班だけが残ってしまった。
 第七班。春野サクラ うちはサスケ そしてうずまきナルトの三名は、一向に現れる気配のない担当上忍を待っていた。
「ナルト! じっとしときなさいよ!!」
 廊下を覗いているナルトに、サクラが注意する。
「何で俺達七班の先生だけこんなに来るのが遅せーんだってばよ?!」
 普段、ドベの仮面をかけているナルトだが、今回の発言は本気であった。もうかれこれ一時間は待たされているのだ。
『こんなにナルトを待たすとは……。やはり殺すか……?』
 ナルトの中から、様子を見ていた紅焔は心の中でそっと呟いた。
 冗談ではないその声色にさすがのナルトも冷汗を流さずにはいられない。
 何とか気分を変えようと、ナルトは得意の悪戯をすることにした。
「ちょっと! 何やってんの?!」
 扉に黒板消しを設置しているナルトを見て、サクラが怒鳴る。
「遅刻してくる奴がわりーんだってばよ!」
 遅れてくる奴が悪い。それはサクラも同意見であった。表面上は止めているが、内心ナルトの後押しをするほどである。
 一方サスケは、そんなことに興味がないのか、それとも紅焔達にやられた傷が痛いのか、何も言わずにいた。
 ナルトがトラップの被害にあわないように扉から少し離れると、タイミングを見計らったかのように担当上忍が扉を開けて入ってきた。
「ギャア!!」
 扉を開けた瞬間、黒板消しが担当上忍……カカシの頭の上に落ちた。サクラとサスケから見えたのはただそれだけで、カカシの叫び声の理由はわからなかった。
「せっ……先生?!」
 サクラが慌ててカカシに駆け寄るが、カカシは何ともないかのように立ち上がった。
「だっ……大丈夫だよ……」
 笑顔が引きつっているのは、気のせいではないだろう。
 実はあの黒板消し、幻術で上手く隠されていたが、雷遁の札とその威力を増幅させる札だったのだ。
 黒板消しのトラップで、大体のことを予測していたカカシであったが、実際にナルトの姿を見て、内心冷汗を流していた。ナルトの恐ろしさはよくわかっているのだ。
 しかもその恐ろしいナルトがにこやかな笑みを浮かべつつも修羅を背負っているのだ。
 ナルトの心の中は怒りの炎で燃えていた。
 カカシ率いる下忍第七班は、アカデミーの屋上に来ていた。
「とっ……とりあえず自己紹介でもしようか?」
 微妙に引きつった声で、カカシが自己紹介を促す。しかし、ナルトは先にカカシの自己紹介を求めた。
「あのさ!あのさ!それより先生の自己紹介をして欲しいってばよ!」
「そうね…見た目とか言動とか行動怪しいし……」
 先ほどの叫び声を聞いたサクラは、カカシのことを怪しいとしか思えなくなっていたのか、かなり厳しいツッコミを入れた。
「え……」
 さすがのカカシも、見た目・言動・行動の三拍子そろって怪しいと言われると傷つくらしい。しかし、一応里一番の忍と言われているだけあって、あまり表情には出なかった。
「オレは、はたけ カカシ。好きなものは金髪藍眼の――」
 カカシは最後までいうことはできなかった。
 紅焔がナルトの中から出てきたのではない。もちろん、紅焔も出ていこうとしたのだが、ナルトの中から出ていこうとするわずかな時間ロスの間に、動いた者が二人いた。
 サクラとサスケである。
「…………死ね」
「ナルト! あんた、カカシ先生に近づいちゃ駄目よ!」
 サスケとサクラの攻撃を容易く受けるカカシではなく、攻撃を避けられてしまったが、サクラはナルトへ駆け寄り注意した。
「え…? わかったてばよ……」
 何故自分が、注意されたのかわからないが、サクラの目があまりにも怖かったのでナルトは思わず了承してしまった。
 ナルトは呆気にとられた表情をしていたが、サクラは満足げに笑っていた。
「サクラとサスケはナルトのことが好きなのかな〜?」
 カカシが茶化すように言うのを聞いて、サクラとサスケは即座に否定した。
「「好きなわけないだろ(じゃない)!」」
「サクラちゃん……そこまで否定しなくていいんじゃないの?」
 素でショックを受けたナルトは、サクラとサスケが無意識の内にナルトをカカシの魔の手から守ろうとしたことに気づいていなかった。
『この二人……なかなかやるな』
 ナルトの中で紅焔が一人呟いたが、ナルトにもその声は届かなかった。
 カカシに任せると中々進みそうにないので、先にナルトが自己紹介をした。
「オレはうずまきナルト! 好きなものはカップラーメン。もっと好きなのはイルカ先生におごってもらった一楽のラーメン!」
 嬉しそうに言うナルト。ナルトの裏の顔を知っているカカシも思わず微笑んでしまうほどの笑顔であった。
 実際ナルトは一楽のラーメンが好きであった。
 ナルトが始めてラーメンを食べたの場所は一楽であった。まだアカデミーに入る前、いい匂い引かれて一楽の暖簾のれんをくぐったのはいいが、どうせ食べさせてはくれないだろうと思っていた。
 今までも、いくつかの飲食店に入ったが、食べさせてくれるところはなかったのだ。
 しかし、一楽は違った。
「坊主始めての顔だな? 何にする?」
 テウチは笑顔でナルトに言った。ナルトは、自分の正体を知らないのだろうなと、心の中で思っていた。
「じゃあ塩」
「おっ! あっさりいくねぇナルト」
 テウチはごく自然にナルトの名を呼んだ。あまりにも自然で、ナルトは自分の名前を呼ばれたことに気づくのが遅れた。
「え?」
「ああ? ナルトじゃなかったか?」
「いや、そうだけど何で……?」
 不思議そうな顔をしているナルトを見て、テウチは大きく笑った。
「そりゃ、お前は有名だからな。まあ子供はそんなの気にせず大きく育てよ」
 その時、ナルトは奇妙な人間だと思った。ネジに持ったような興味もイルカに持ったような感情もなかったが、テウチの作るラーメンは美味しいとだけ思った。
 それからナルトはほぼ毎日一楽に行くようになった。
「嫌いな物はお湯を入れてからの三分間と平気で遅刻してくる先生」
 ナルトが笑顔で言うので、カカシは心が痛み、殺気に身をふるわせた。
「将来の夢はァ」
 カカシを睨むのをやめてナルトは将来の夢を言う。それはいつも表のナルトが言っている夢。
 ナルトの目が一瞬冷たく光る。
「火影を越す!んでもって里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!」
 本心ではない。本心であるはずがなかった。それは紅焔はもちろん、カカシでもわかりきっていることであった。
 火影邸から出て、殺しに来る忍の数は圧倒的に増えた。里の大人達もナルトを傷つけに来る。そんな者達に己の存在を認めてもらいたいなどとは思わなかった。
 里の大人達を生かしているのは、三代目という親代わりがいたから。イルカという優しい大人がいたから。紅焔という支えがいたから。ネジやキバ、シカマルといった仲間がいたから。
「趣味は……イタズラかな」
 この台詞に、カカシは苦笑いしかできなかった。
 ナルトにとってのイタズラは、普通の忍にとって生きるか死ぬかの壮絶なものになるのだ。
「次!」
 カカシが気を取り直して次へ促した。
「名はうちはサスケ。嫌いなものならたくさんある。特に銀髪で片目を隠した変態上忍とかな」
 サスケの言葉には棘があった。
 カカシの自己紹介がよほど気に入らなかったらしい。カカシは軽く受け流したが、ナルトは意外と気が合うのかもしれないと考え直していた。
「好きなものは………別にない」
 少しというには大きすぎる間があった。
 間が空いたとき、一瞬サスケはナルトを見ようとしたが、何とか思いとどまった。
「それから、夢なんて言葉で終わらすつもりはないが、野望はある!一族の復興とある男を必ず……」
 先ほど間をあけたときの雰囲気とは一変して、冷たい雰囲気がサスケを覆う。
「殺すことだ」
 カッコイイと、少々ずれた感想を持つサクラ。納得するカカシ。暗すぎてやっぱり気が合わないかもしれないと新たに考え直すナルト。
 思いは様々である。
「じゃあ最後、女の子」
 最後にサクラが自己紹介をする。
「私は春野サクラ。好きなものはぁ……っていうかあ好きな人は……」
 そこまで言って、サクラは言葉を止めた。
 サクラは自分よりやや上にいるサスケを見てから、自分の横にいるナルトを見た。
「……今はまだ秘密♪」
 小さく舌を出して、可愛く言うサクラ。ナルトは、何故サスケと言わないのか疑問に思ったが、特に追求はしなかった。
「将来の夢は……キャー!」
 突然叫びだしたサクラに、ナルトは驚いた。
 カカシやサスケは、どうせ「素敵なお嫁さん」とか言いたかったのだろうと予測することができたが、ナルトは『女の子』の行動に対しての予測は全くつかなかった。
「嫌いなものは、銀髪で遅刻を堂々としてくる大人です」
 サクラも何気にカカシを言葉で攻撃する。さすがに二回連続で言われると、カカシも悲しくなってきた。
「あー。自己紹介はここまでだ。明日から任務やるぞ」
 任務と聞いて、ナルトは嬉しそうな表情をつくった。いや、実際楽しみなのかもしれない。今まで暗部の血なまぐさい仕事しかやったことがないのだから。
「はっ! どんな任務でありますか?!」
「まずは、この四人だけであることをやる」
 カカシがもったいぶるような言い方をするので、ナルトが密かに睨みつける。暗部で、精神年齢が大人なナルトも、実際は十二歳の子供なのだ。
 しかし、カカシはもったいつけているわけではない。ただ、言いたくないだけである。
「サバイバル演習だ」
 サバイバル演習ということは、ナルトと戦わなければいけないということ。いくら仮面を被っているナルトとはいえ、油断すれば一瞬で殺られてしまう。
 それを肯定するかのように、ナルトはニヤリと笑った。
 カカシが下忍になれるのは九人だけだとか、朝飯を食べてくるなとか言っていたのをナルトは全く聞いてなかった。明日のサバイバル演習を心待ちにし、どんな攻撃をしてやろうかで頭がいっぱいぱいだったのだ。
「じゃ、解散」
 カカシが瞬時に消える。
 サクラもサスケも黙って家路についたが、ナルトはその場に残っていた。
「カカシ」
「………………………はい」
 たっぷりと間を開け、カカシが現れた。
「遅かったな?」
 ナルトが笑ってカカシを見る。手に幻狐を持っていなければ、今にも抱きつきたいような笑顔であった。
「覚悟は……できてるか?」
 その日、里一番の稼ぎ頭がボロボロになったという…。


第十二話 サバイバル演習