サバイバル演習!  カカシが指定した場所へ行ったが、やはりカカシはいなかった。
 しばらく待ったがやはり来なかった。
 二時間たったがこなかった。
「………………………」
 一時間ほどの遅刻なら覚悟もしていたし、会話もあった。しかし、今となっては無言でカカシを待つことしかできなかった。
 いつくるかわからないので、飲み物や食べ物も買いに行けず、ただ時間だけが刻々と過ぎ去っていっていた。
 そして五時間が経過した。
「やー諸君おはよう」
「「おっそーい!」」
 サクラとナルトが怒鳴る。
「いやー目覚まし時計の調子が悪くてね〜」
 飄々と言ってのけるカカシだが、所々に巻かれている包帯が痛々しい。
 遅刻した本当の理由はナルトにやられた傷が思ったより深かったことが原因であった。
 あまりの傷の深さに、今朝起きたとき今日の演習はできないと考えていたほどである。
 しかし、カカシに傷を着けた張本人であるナルトが時間通りにこないカカシにお仕置きをしてやろうとカカシの家に来た。
 己のせいで寝込んでいるカカシを見かねて、ナルトは医療班に頼んで今朝からカカシの手当てをさせたのだ。
 医療班はナルトが極秘に動かしたので、大掛かりな治療はできず、いくつか傷を残すことになった。
 ナルト本人が治療してくれれば、短時間でほとんどの傷を残さずにすんだであろうが、ナルトはそこまで心が広くなかった。
「まあ許してやるってばよ!」
 この言葉には、謝罪の意も込められている。カカシはそれをしっかりと受けとった。
「ここに鈴が二つある。これを俺から昼までに奪い取ることが課題だ」
 奪えなかったものは昼飯抜きと聞いて、サクラやサスケの腹の虫が鳴いた。ナルトはしっかりと食べてきたし、二、三日食べずとも大丈夫な体になっているので、大して問題はない。
 最低一人は落ちる試験だとカカシは言ったが、これはチームワークを見る試験だとナルトはわかった。
 カカシの過去や性格を考えればすぐにわかることだが、カカシと昨日あったばかりのサクラやサスケにはわからないだろう。
「手裏剣を使ってもいいぞ。俺を殺すつもりで来ないと取れないからな」
 カカシは見た。
 今朝、医療班を呼んでくれたはずのナルトが嬉しそうに、かつ楽しそうに口の形だけで言ったのを。
「いいんだな……?」
 先ほどの「許してやる」の発言の中に見えた謝罪の言葉は、己の勘違いだったのかと、カカシは焦った。
 ナルトが本気できたら間違いなく死ぬ。
 そこに奇跡も偶然もありはしない。
「本当に殺しちまうってばよ!」
 カカシがナルトの脅しについて考えている間にも会話は続いていたらしく、ナルトが表の言葉でカカシを馬鹿にしている。
 表のナルトの発言なのだから、叱るなりからかうなりするべきなのだろうが、本気なのかもしれない。油断はできない。下手をうつわけにはいかなかった。
「はいはい、そーですね」
 適当に流すことにしてみたが、ナルトはそれを許してはくれなかった。
 適当感溢れる言葉に怒りを見せた下忍のふりをしたナルトが、クナイを手に取りカカシへ向かっていく。下忍のふりをしているため、スピードはそれほどなかったが、カカシには十分な恐怖になった。
 それでも何とか自分を奮い立たせ、ナルトの腕を取り、頭を掴んだ。
「そう慌てんなよまだスタートとは……」
 カカシは言い切れなかった。
 サクラの膝蹴りが、サスケの手裏剣が、一度にカカシへ飛んできた。前にも同じように二人に攻撃されたような気がすると思いつつカカシはその攻撃を避けた。
「ナルトに触れないでください」
「このカスが」
 生徒達の辛らつな言葉を聞きながら、ある意味チームワークは必要以上にあるのかもしれないとカカシは思い知った。
「ははは……じゃあ始めるぞ。よーい……スタート!」
 三人は四方に飛び散った。
 サスケとサクラが隠れたのにも関わらず、ナルトはカカシの目の前に立っている。
 表面上はあきれた顔をしていたカカシであったが、ナルトが本気で殺りにくるような予感がしてならなかった。
「忍戦術の心得その一、体術!…を教えてやる」
 こう言っておけば、ナルトは体術しか使わない。相手が体術でくるならこちらも同じ体術で応戦するのがナルトなのだ。
 始めは下忍を相手にしているつもりで愛読書でも読みながらやろうと思っていたが、それを出す前にナルトが迫ってきた。
 見た目は下忍並みの力で攻撃しているが、拳の重さは半端ではない。油断をすれば吹っ飛ばされてしまうほどである。
 数分間、攻防戦が続く。
 カカシが軽くあしらっているようにも見えるが、実際はナルトがかなり押している。カカシの体力も長くはもたない。
 何とかナルトの攻撃を防いでいたカカシであったが、すぐそばに気配を感じた。
「何?!」
 カカシが気配のする方向。すなわち己の真上を見上げる。
「覚悟!」
 そこには肘を曲げ、肘打ちを狙っているサクラの姿。避けようとするが、ナルトが足を掴んでいた。
 逃げられないのなら、攻撃すればいいと、考えサクラの方を再び見上げたカカシであったが、サスケのことを思い出す。
 この状態をサスケが見逃すはずがない。もしかすると、これはチームワークを使った戦略で、サクラとナルトは囮なのかもしれない。と、瞬時に考えたカカシはナルトとサクラは置いといてサスケを探した。
 カカシの予想通り、サスケが茂みからこちらへ飛び出してきていた。その目は確実にカカシの鈴を狙っていた。
「まだまだ甘いな!」
 カカシがサスケの方へ手を伸ばす。
「バーカ」
 カカシの手がサスケを捕らえる寸前にサスケが後ろに下がる。
 サスケが飛びのき、離れてからカカシはサスケこそが囮だったのだと気づいた。そして気がついたときにはサクラの肘がカカシの頭に直撃した。
 いくらカカシが強いとはいえ、重力が加算され、威力が強くなった肘打ちを喰らってはただではすまない。一瞬焦点がぶれた。
 鈴の音が演習場に響いた。
「やったてばよ!」
 焦点があってきた目でカカシが見たのは、仁王立ちで鈴を持ち、得意げにしているナルトの姿であった。
 ナルトの右手にサスケが、左手にサクラがタッチする。
 その満足な笑みを見て、カカシは完敗を悟った。
 全てが罠だったのだ。ナルトが「いいんだな?」と言ったのも、「本気で殺す」というような発言をしたのも全て、カカシの注意をナルトへ集中させるため。わざわざ見つかるようにサクラが声を出してカカシを狙いにきたのも、サスケが気配を消してカカシに近づいていたのも。全て。
「いい、コンビネーションだったな」
 ナルトの頭を撫でようとするカカシ。その手を掴むサスケとサクラ。この辺りのコンビネーションも抜群である。
「………………あの作戦はいつ考えたんだ?」
 ナルトに触れなくて、悲しむカカシが聞く。
「あんたが遅刻してる間にだ」
「試験の内容をどうして知ってたんだ?」
「企業秘密」
 ウインクをして答えるサクラ。どんな技を使えば事前に試験の内容がわかるのか聞きたいものだが、どうせナルトが絡んでいるのに違いないのだろう。
 心底満足げな笑みを浮かべ、今回の作戦がいかに完璧であったかを話し合っている。
 そうして見ると、ナルトも普通の子供と変わりなかった。
「よーし! 一楽のラーメンでも食べに行くか!」
「え! マジ?! マジ?! カカシ先生!」
「しゃーんなろう !先生最高!」
「ふん」
 こういう都合のいいときだけ笑顔を見せる子供達を見ていると、カカシは己の罪が少し許されるような気がした。
 ナルトの陰口を聞き、同意してた日。
 その全ての日々が罪。許されることなどない。たとえナルトが許してくれたとしても、九尾……紅焔はきっと許してくれない。


第十三話 遠出