桃地再不斬
タズナの話しによると、今の波の国はガトーと言う男に支配されており、非常に貧しい国となっているらしい。
そもそもガトーと言う男は裏の世界ではそれなりに名の通った男で、悪どい商売を売りにしているような男であった。金にものをいわせ、忍やギャングを雇って国や企業の乗っ取り、麻薬などの密売までやっているというのは有名な話である。
何故ガトーが波の国を狙ったのかナルトは気になったが、特に何かを言うことはなかった。今回の任務はタズナの護衛とガトーの暗殺であった。暗殺の方はナルトが火影からもぎ取った裏の任務であるため、サスケやサクラは当然のこと、カカシさえも知らなかった。
『どちらの任務にもガトーが関わってるらしいな』
ナルトとしては、自分の中にいる紅焔に話しかけたつもりだったのだが、返事は返ってこなかった。妖力が消耗されてるのだろう。その証拠に、いつもならば強く感じる紅焔の気配が弱々しく感じられた。
「ま! しかたないですね」
紅焔のことを心配している間に、カカシはタズナに負け、波の国までの警護をきちっとやることになってしまった。
ナルトからすれば、裏の任務もあるので波の国に行けた方が都合がいいのだが、紅焔のことを考えるとあまり知らない土地には行きたくなかった。
「それじゃあ、さっさと送って行くってばよ!」
手の甲にできた傷は、軽く引っかかれたものとは思えないほど深く、サクラによって巻かれた包帯から赤い血が滲み出していた。いつもならばすでに治っていてもおかしくない傷が未だに治ってないのを見て、カカシは紅焔が弱っていることを知った。
カカシの視線に気づいたのか、ナルトが以心伝心の術を使って話しかけた。
『気にするな。紅焔がいないからといってすぐに死ぬほど俺は柔じゃない』
実際問題、紅焔のチャクラがなくとも、禁術・秘術などチャクラの消費量が半端でない術もナルトは使えた。精神、肉体、共に鍛えぬかれたナルトだからこそできる芸当である。しかもいざというときは、『体術』という手もある。
だが、いくらそれほどの強さを持っていようが、先陣を切っていくナルトの後姿はまだまだ小さく、保護欲が押さえきれなくなるほどであった。あの小さな身体の中にどれだけの闇と、力が秘められているのだろうか。
負の感情を一身に受け育ってきたナルトを守ろうなどという愚かしい考えをカカシは捨てた。ナルトの受けている負の感情の一端でさえ背負うことのできない奴が何を言っているのだと。
「ナルト〜。いつ敵が出てきてもおかしくないんだから、静かにしろよ〜」
先ほど敵が出てきたばかりだというのに、緊張感のない口調でカカシがナルトを注意すると、少し怒ったような答えが返ってきた。
「先生! 俺ってば子供じゃねーからわかってるってばよ!」
いっそ、身も心も子供であって欲しかったとカカシは思う。
ナルト達は侵入者のように波の国へ入国した。
霧にまぎれ、ボートのエンジンを消して手で静かに漕いでいると、霧の中に巨大な壁が見えた。いや、よく見ればそれは作りかけの橋であった。思わずナルトが歓声を上げるが、すぐに船頭に怒られてしまう。
ガトーに見つかることを酷く恐れていることがわかるその口調はカカシ達をより真剣な表情にさせた。
どうにか陸地へと到着したが、家はボロボロで今にも崩れそうで、波の国の財政がよくわかった。
タズナの家はまだ少しばかり歩かなければならないということで、ナルト達は再び陸地を行くことになった。周りには木々が生い茂っており、忍が隠れやすそうなところはいくつもある。
ちょっとした悪戯心を起こしたナルトが、派手な動作と共に手裏剣を草むらに投げつけてやる。
「そこかあ!!」
草むらに入っていった手裏剣は当然何も仕留めていないのだが、カカシは焦ったように気配を探る。自分では気づくことのできなかった気配にナルトが気づいたとでも思ったのだろう。
「フ……何だネズミか」
冗談だとカカシにわからせてやるためにナルトが言うと、サクラが怒鳴り散らす。実際問題何もないところに投げたので、ナルトはあえて反論はしないことにした。
「頼むからお前がやたらめったら手裏剣を使うな……マジで危ない!」
危機感迫る口調でカカシはナルトに頼む。ナルトが行動を起こすことは、最強の暗部が動くこととイコールで繋がるのだ。何もなくても何かあるように感じ、何かあっても何もないように感じてしまう。
毎日修行をし、己の感覚だけを信用できるほどの実力者でないかぎり、ナルトの行動に振り回されることとなる。
カカシが冷汗をかき、タズナが怒鳴っているにも関わらず、ナルトは周囲に人影が見えたとキョロキョロしている。自分がおちょくられているのをハッキリと感じながらも、カカシは何も言えずにいた。
「――――!」
「そこかぁ!」
ナルトの行動に振り回されていたカカシが、何者かも気配を感じるのと同時に、ナルトが手裏剣を放った。今回は冗談などではない。
手裏剣はおそらく敵には当たっていない。気配を悟られたとはいえ、あれは上忍レベルの忍だった。下忍のフリをしているナルトの手裏剣に殺られるほど柔ではないだろう。
ナルトがサクラに殴られている間にカカシが確認しに行ったが、案の定変わり身の術用に育てられたユキウサギがそこにいるだけであった。
春にも関わらず、白い毛皮のユキウサギに疑問を持ったのはナルトとカカシだけ。うちは一族の生き残りとはいえ、下忍は下忍なんだと、ナルトは笑いを堪えるのが大変であった。
サスケやタズナ達はともかく、カカシまですぐ傍にある気配に気づかないのがナルトは不満であった。
ナルトが少し上を向けばこの気配の主とも目を合わせられるだろうが、そんな愚かなことをするナルトではなかった。
相手が動くまで、もしくはカカシが気づくまでナルトは待つ。以心伝心の術で伝えることもできなくはないが、万が一にでも相手に気づかれてしまっては意味がない。
「全員伏せろ!!」
敵の巨大な首きり包丁がこちらに向かってきて、始めてその存在に気づくカカシに苛立ちを覚えつつも、ナルトはしっかりと下忍を演じた。
カカシに言われてもすぐに反応せず、サクラに押し倒される形で首きり包丁を避けた。
飛んできた首きり包丁は木に刺さってその動きを止めた。
『たいした切れ味じゃないんだな』
などとナルトが分析している間に、相手は首きり包丁の柄の部分に足を置いて立っていた。こちらを睨んできているその顔をナルトは見たことがあった。
桃地再不斬。手配書にも載っている霧隠れの抜け忍。無音殺人術の達人だが、それほどランクは高くなかったとナルトは記憶している。
「へー。こりゃこりゃ、霧隠れの抜け忍、桃地再不斬君じゃないですか」
元暗部であるカカシも再不斬のことを記憶していたらしく、軽く再不斬に声をかける。再不斬の方も、手配書にその名を載せているカカシには興味があるようであった。
軽く攻撃してみようかと、ナルトが前へ出たがカカシに止められた。ナルトのことだからばれるようなマネはしないだろうが、見ているこちらが心配でどうにかなってしまいそうになる。
「邪魔だ下がってろお前ら」
邪魔だと言われた瞬間にナルトの眉間に皺が寄る。口先だけの言葉だとはいえ、邪魔だと呼ばれるのは嬉しいことではない。
仄かに殺気が漂ってくる中、カカシはどうにか次の言葉を紡ぎだす。
「こいつはさっきの奴らとはケタが違う」
さっきの馬鹿な奴と同じだと思う方がおかしいだろうと内心ツッコミながら、ナルトはカカシを見上げる。カカシは傾いている額あてに手をかけていた。
「このままじゃあ……ちとキツイか」
今まで隠されていた左目がナルト達の前に晒される。
第十五話 桃地再不斬