再不斬との対決のすぐ後倒れたカカシを依頼人であるタズナさんに背負ってもらい、木の葉の面々はどうにか目的地にまでたどり着いた。
「本当にすいません……」
「いや、嬢ちゃんやチビじゃ先生は担げんじゃろうからな!」
豪快に笑い飛ばすタズナにチビじゃねーっ! と言い返すナルトだが、心の中では白のことが気にかかっていた。
あの時の再不斬が仮死状態だったということはすぐにわかった。白はおそらく再不斬の仲間なのだろうというのも予測がついていた。だがあの状態でそのことを口に出すことはできなかったし、できたとしてもナルトはそうしなかっただろう。
そんなことをすれば色々面倒なわけで、そんな面倒を買って出るほどナルトはマゾではなかった。
「おかえりなさ――ってどうしたのその人?!」
帰ってきたタズナを迎えたのは娘のツナミであった。
ようやく帰ってきた父の背に見知らぬ男が背負われていれば誰でも驚くだろう。
「ちょっといろいろあっての」
笑いながらタズナは家の中へ入って行った。平気な顔をしていたが、やはり大の大人を担いで疲れているようだ。すぐにでもカカシを布団の上に降ろしたいのだろう。
ツナミが布団を敷いている間にタズナはあったことを話した。
「…………ん?」
気絶していたカカシが目を覚ました。
「大丈夫かい? 先生!」
「いや……。一週間ほど動けないです…………」
何とも情けない担当上忍の姿にナルト達は情けなかった。
「写輪眼ってすごいけど、体にそんな負担がかかるなんて考えものねー」
サクラの適切なツッコミにナルトは少し感心した。サクラの両親は一般人で、あのアカデミーを受けただけだというのに、中々の観察力だ。今のアカデミーのやりかたではこんな簡単なことにも気づかない可能性がある。
「それにしてもあのお面の子……何者?」
感心したのもつかの間、暗部のことを知らないサクラにナルトはため息をつきたくなる。追い忍の存在を知らなかったのだから、当然と言えば当然のことなのだが、やはりため息はとまらない。
サクラの質問に対して、カカシは暗部について長々と説明を始めた。
その忍が生きた痕跡を全て消す。それは間違いだとナルトは心の中で反論した。どれほど優れた暗部であっても、人一人の存在を丸ごと消すことはできない。それに近いことはできるが。
『記憶消去の術か…………』
眠っていた紅焔が小さく返した。
『ああ。記憶を消すことはある程度なら可能だ。まあ、それにも限界はあるけどな』
弱っている紅焔のかすかな存在に気を取られているうちに、カカシの話は終わり、カカシは再び眠りについていた。
「少なくとも一週間はここで足止めね」
「っち」
文句を言うサクラだが、ナルトからして見ればたった一週間くらい足止めを喰らうことは珍しくない事態だった。下手をうてば、一ヶ月程度の足止めは当然だ。
「ナルト。あんたちょっと手を出しなさい」
心の中で里の将来について心配していたナルトにサクラが声をかけてきた。その手には包帯と消毒液が握られている。
この町にそんな物資があるとは思えない。となると、サクラが自分で持ってきたということになる。任務には何が起こるか予測できないので救急用具を持ってくるのは正しい判断だ。
「…………え?」
だが、ナルトにはそんなものは必要ではない。
怪我をしたとしても、紅焔が内側から傷を癒してくれる。例え紅焔の治癒が受けられぬ状況だったとしても、ナルトはある程度の傷ならば自分で治せた。
そのせいでナルトはサクラが何をしたいのか一瞬理解できなかった。
「ほら。その手の包帯を代えるから」
サクラが無理矢理ナルトの手を取って始めて、ナルトは自分の左手が傷を負っていたことを思い出した。傷はまだ癒えていない。が、常人のそれと比べれば傷の治りは幾分か早い。
「あ、いや…………いいってばよ!」
「何言ってやがる。とっとと出せ」
何故かサスケまでサクラと一緒になってナルトの左手の包帯を剥がしにかかった。
「ぎゃーー! 何するんだってばよ!
オレってば平気だってばよ!!」
左手の包帯を剥がさせるまいと必死に暴れたナルトは、何とか二人の梗塞から逃れることができた。
「もー。なんで逃げるのよ」
「そのくらい自分でできるってばよ」
まるで母親のようなサクラに、頬を膨らませて反論をすると、サスケのあきれた声が投げられた。
「ただでさえ不器用なお前が、片手で包帯を巻けるのか」
二人が自分のことを思ってくれているのはわかっているが、ナルトは未だに人を信じることが中々できなかった。
九番隊のメンバーや、火影、命を賭けてくれたイルカ。そして紅焔。この者達は特別なのだ。紅焔を除いたこの者達でも、無償の愛というのはナルトに理解されない。仲間だから守る。共に戦う。対等に並ぶことはできても、支えてやる存在にはなれずにいる。
ただ一人、紅焔だけはナルトへ無償の愛を与えることを許されている。それは体を共有するものだからか、絶望の底へつき落とされたナルトを始めに救い上げた人物だったからか。いずれにせよ、紅焔以外の者からの思いをナルトは未だに返すことができない。
「本当にいいってばよ…………」
理解ができない。
頭では理解できているのだが、何故目の前の二人が自分を心配するのか、ナルトは心の部分で理解できなかった。
しかし、目の前の二人はナルトの複雑な思いなどこれぽっちも理解していない。じりじりにじり寄り、ナルトを壁際に追い込んでゆく。どうやってこの事態を回避しようかとナルトが悩んでいると、唐突に上半身を上げたカカシがいた。
「あー! カカシ先生ってば起きたのかってば?!」
「え?」
どうにかカカシに目線を移動させることに成功したナルトは一息ついて、カカシに近づいた。
「どうしたんだってば?」
「ああ……。実はな…………」
意味深な言い方をして、カカシはゆっくりと問いかけるかのように白のおかしいところをついた。
「まさか…………」
カカシの言いたいことに気づいたサスケが目を大きく見開いて呟く。
「そう。再不斬はまだ生きている」
核心にサスケが気づいたことを確認し、カカシは答えを場にいる全員に伝えた。
「えええっ?!」
「ど、どういうことだってばよ?!」
理由もすべて理解したサスケはショックで呆然とし、イマイチ理解できていないサクラはわけが分からないと叫んだ。ナルトはここはわけがわかってないフリをしておこうということにした。
『もっと早く気づけよ』
以心伝心の術でカカシを罵倒するのを忘れない。
「…………気づいてたなら言って欲しかったなー」
小さく呟くカカシに、ナルトはサクラとサスケには見えないように笑った。
「せんせー。なんか言ったってば?」
「…………イエ……」
気づかなかった自分が悪いのだと、カカシは諦め、まだ理解できていないサクラとタズナに今の事態を説明した。
「ということで、お前達には修行をやってもらう」
「ちょ、ちょっと待ってよ先生!! 私達がたった一週間修行したからって何になるの?!」
カカシの言葉に動揺したのはサクラだけであった。
サスケは強くなるためならば何だってする覚悟はできていた。ナルトはたった一週間。されど一週間というのをよく理解していた。
「大丈夫。お前達は確実に成長してる」
カカシは優しい笑みをサクラに向け、修行をするように説得した。
「…………うん。やってみる」
やる気満々のサスケとナルトを見て、反論する気も失せたのか、サクラは納得した。
「死にに行くの?」
振り向いたサクラ達の目に一人の少年が映った。
「ガトー達に歯向かって生きていられるわけがないんだ」
絶望を知りつつも、受け入れきれていない目の少年は淡々と言う。ガトーに歯向かえば死ぬと。
「おいガキ! オレってば将来は火影っつー。スゲーヒーローになるんだってばよ!
ガトーだかショコラだかに負けるかってばよ!」
火影になるつもりはないし、自分がヒーローになどなれるわけがないと知りながらもナルトは少年に言った。事実、木の葉の忍にそう依頼すればガトー如き簡単に倒してしまうだろう。
ただ、問題はこの波の国にそれだけの資金がないということ。
「フン……。
ヒーローなんているわけないじゃん」
一瞬期待して、でもやっぱり無理だと諦めて少年は切り捨てた。
「イナリ。どこへ行くんじゃ?」
部屋から立ち去るイナリにタズナが問いかける。
「部屋。海、見てる」
悲しげに立ち去ったイナリの背中を見て、ナルトは少しだけこの国に同情した。
波の国の現象は他の国でも起きているし、それら全てを救えるなどとは考えてもいないし、するつもりもない。だが、こうして目の当たりにし、多少なりとも干渉してしまうと、やはり何処か同情の心が生まれる。
「…………忍び、耐える者」
いついかなる時も同情の心など持ってはいけない。
「んじゃあ、修行するってばよ!!」
「…………」
ドベの仮面を被ったナルトをカカシが寂しげに見ていた。
第十九話 憂鬱