ナルトは迷っていた。
 このままでは殺されてしまう。だが、サスケの前で本気を出すわけにはいかない。記憶を消してしまえばそれまでなのだが、サスケはうちはの血を目覚めさせようとしていた。今から本気を出し、その後サスケの記憶を消してしまった場合、血に目覚めかけていたことは確実に忘れてしまうだろう。
 できることならば、自分の身は自分で守れるようになって欲しいと考えているナルトは、記憶を消すようなマネができない。白に殺されてしまう前に、サスケが血に目覚めてくれるのを待つばかり。
 だんだん動くのも面倒になってしまい、サスケには悪いと思いつつも気絶したフリをし始めたナルトの耳に、サクラの叫び声が届く。一瞬の不安のあと、カカシがいるのだから最悪の事態に陥ったわけではないだろうと考える。
 サスケの覚醒が後一歩のところまで迫っているということがナルトにはよくわかった。
「そうか……君も血継限界の血を……」
 白が呆然と呟いたのが聞こえた。写輪眼を開眼させたのだとナルトは確信したが、それでもサスケが白に勝てるとは思わない。白との戦いでサスケが気絶でもしてくれればいいと思い、もうしばらく気絶したフリをすることにした。
 サスケが気絶する前に、白がサスケの息の根を止めるということも考えられたが、白は殺さないとナルトは心の何処かで確信していた。白は忍の道が似合わないほど優しい。
「これでカタをつけます!!」
 白の声と同時に、ナルトは自分に向けられた敵意に気づいた。
 狙いがサスケではなく自分だと知り、とっさに避けようともしたが、それによりサスケに自分の正体がばれるのを恐れた。ほんの一瞬の迷いと恐れがナルトの行動を遅らせた。
 ナルトが何らかのアクションを起こす前に、サスケはナルトの前に立ちはだかり千本を受けた。
「サスケェェ!!」
 先ほどまで気絶していたはずの人間が、瞬時に今の状況を理解し、叫ぶということはありえないことだとか、そんなことはナルトの頭にはなく、ただサスケが自分の身代わりになってしまったという事実だけが回っていた。
「……よぉ……。起き、たか……よ」
 たかが千本とはいえ、量があればそれなりのダメージもある。そのため、頭がよく回らなかったのか、サスケはナルトの叫びになんの疑問も抱かなかった。
「何で!!」
 サスケは自分のことを良く思ってないと感じていたナルトは、何故サスケが自分を庇ったのかわからなかった。
 ふと、ナルトはイルカのことを思い出した。イルカもナルトのことを庇い、大怪我を負った。ナルトがイルカの生徒だったから。大切な者だったから。それならば、サスケはどうしてナルトを助けたのか。
「…………仲間。だろーが」
 第七班。先生と生徒でもなく、部下と上司でもない。同じ班の同じ仲間。
「お前、は……死ぬな」
 最後に一言残して、サスケは倒れ、目を閉じた。
「彼は素晴らしい忍でしたよ」
 サスケに反撃をくらい、地面に伏していた白は仮面を外してナルトの前に立ちはだかる。仮面の下には借りを返すと誓った顔があった。
「死んでねぇ。仮死状態だ。死んだ奴のことを話すような口調はやめろ」
 ナルトの言葉に、白は驚いた表情を見せる。殺したのではなく、仮死状態にしたということが見抜かれるとは思っていなかった。そして、ナルトの口調と雰囲気が明らかに変わっていることにも驚いた。
 森で会った時から、ただの下忍ではないと感じていたのだが、まさかこれほどの変化があるとは思っていなかった。
「あんた。やっぱり忍にむいてねぇよ」
 ナルトはクナイを構える。
「……そうかも、しれませんね」
 白は逃げも隠れもせず、その場に立ったままナルトを見る。
「借りは、返す。だから選べ」
 ナルトは簡単に白を殺せるだけの力があり、白もそれを理解している。だからこそ成立する交換条件を持ちかけた。
「再不斬と共に木の葉に下るか、ここで二人して死ぬか」
 木の葉に下るという言葉に、白は明らかに表情を変えた。一介の忍ができるようなことではない。
「オレならお前ら二人を木の葉に入れることなど容易い」
 あとは白の答えだけが必要なのだとナルトは言う。
「……再不斬さんは、それを望まないでしょう」
 白は静かに首を横にふる。予想していたままの答えにナルトは呆れた笑みを浮かべる。道具として再不斬の隣に存在する白は、再不斬の言葉なしに何かを決めることをしない。
 そして、再不斬の役に立てなくなった自分に存在価値を見出せなくなる。
「だから。殺してください」
 暖かい微笑みで白は言う。
「わかった」
 殺すことが借りを返すということになるならばと、ナルトはクナイを離し、巻物を使い愛刀を取り出した。
「綺麗だろ? オレの愛刀幻狐だ」
 ナルトにとって、白への贈り物だった。
 幻狐を構え、白が苦しまぬように一瞬で殺してやろうと思った。だが、カカシが切り札とも言える術を使おうとしていることにナルトは気づいた。
 あの術の恐ろしさを知っているナルトは幻狐を収め、白に最後の言葉を伝えた。
「お前の大切な者が、とある術によって貫かれようとしている。
 助けたければいけ。オレに殺されたいというなら、それでもいい」
 白は素早かった。
 ナルトの言葉を聞き、カカシのチャクラの異常さに気づくや否や再不斬の前へ飛び出した。
「……さようなら」
 ふわりと血の匂いがナルトの鼻をくすぐった。


第二十八話