白は再不斬を守り、死んだ。
「見事だ……白」
再不斬は非情に笑い、カカシをその首切り包丁で切り裂こうとする。
カカシは白の体を抱き上げ、何とか首切り包丁を避けた。
「白が死んで動けたか……」
笑う再不斬にナルトは殺気を送った。
再不斬が許せなかった。あれほどまでに再不斬を慕っていた白が死んだというのに、平然と笑っていられる再不斬が、ただ許せずにいた。けれども、同時に悲しい奴だとも思った。
「ナルト……? サスケ君、は?」
再不斬を睨みつけるナルトにサクラは気づき、その傍らにいるはずの存在がいないことにも気づいた。
「今は、寝てるってばよ……」
死んでいるわけではない。仮死状態になっているだけだが、サクラの知るナルトは仮死状態ということが判定できるほどの忍ではない。いつものように演技をして、嘘をつくということもできなかった。
長い時間つきあった奴ではなかったが、白のことはそれなりに気に入っていた。あの忍らしくない真っ白なところが好きだった。ナルトは人の死はよく見てきていたが、自分が関わった者の死というのは始めての経験だった。
「……サスケ君!!」
ナルトの言葉から裏を読み取ったサクラは慌てて動こうとする。
「あ……」
結果的に言えば、サクラは動かなかった。
忍としての任務をまっとうしなければいけない。今の任務はタズナを守ることであり、仲間のもとへ駆け寄ることではない。サクラは拳を握った。それが忍としての生きかただと頭では理解しているが、まだ心がついていかない。
「ワシも一緒に行こう」
震えるサクラの肩を見て、タズナは優しく言った。
優しいタズナの言葉にサクラは喜びを感じた。忍として、抱いてはいけないような感情をタズナは受け入れてくれている。
「ありがとう、ございます……」
タズナの手をとり、サクラはナルトの横を通り過ぎる。サクラはきっとサスケが仮死状態になっていると気づかないだろう。白の死によって気分が落ち込んでいるナルトにとって、サクラの悲しみを見るのは辛いものがあった。
「……っ! うっ……ぁ……」
必死に泣き叫びたくなるのを抑えているサクラの嗚咽を聞きつつ、ナルトは目の前で繰り広げられる戦いを見ていた。
圧倒的にカカシが有利の戦いになっている。一体どうしたのだろうかとナルトがぼんやりと見ていると、あることに気づいた。明らかに再不斬の動きが鈍っている。
戦い方に迷いを持っている者の動きをしていた。それに気づいた瞬間、ナルトの中にあった靄が晴れた。
「白。再不斬もお前のこと、大切に思ってくれてたみたいだぞ」
小さく微笑んだ。今の状況の中で、ナルトだけが笑っていた。
カカシが再不斬の腕をクナイで貫き、これで再不斬の負けは確実だろうとなった。
「がっかりだよ。再不斬」
ガトーが現れた。その後ろには数え切れないほどの雑兵がいた。
ナルトも、再不斬も、今の状況をすぐに把握したが、再不斬はあえてガトーにどういうことか尋ねる。
自慢気に己の作戦を語るガトーはマヌケであった。
今、ガトー達の目の前には一流の忍がそろっているのだ。そこいらのゴロツキ程度にやられるような者はいない。
「オレにはお前と戦う理由がなくなった。戦いは、ここまでだ」
再不斬はカカシと並び、ガトーに向かい合う。
「……そういえば、こいつには借りがあったな」
いやらしくガトーは笑ったかと思うと、白の顔を蹴りつけた。
思わず殺気だけで殺してやろうかとナルトは考えたが、サクラにまで被害が及び兼ねないので必死に平静を保った。平静を保ちながら再不斬を見てみると、再不斬は無表情だった。
「お前、は……。何とも思わないのかよ?!」
再不斬は間違いなく白を大切に思っていた。それは先ほどの鈍った動きを見ていればわかる。それなのに、表情をピクリとも変えない再不斬に苛立ちを覚えた。
「オレは白を利用していただけだ。オレ達忍は道具だ。白を道具以上として見たことはない」
冷たい言葉。それが再不斬の本心であるはずがないと思いながらも、感情を殺したその姿が気に入らない。
「本気かよ?! お前、あいつがどれだけお前のこと好きだったか知ってんだろ?!」
白の儚い笑顔を思い出す。
「それなのに、本当に何も思わないのかよ……!」
思っていないと知っているが、言葉は止まらない。
「自分の夢も、命も捨てて、お前に、ついて行ったんだぞ!」
鼻の奥がツンとし始めたのも気づかず、ナルトは叫ぶ。
「……悲しすぎるってばよぉ」
最後の一言を言ったときには、演技ではなく本物の涙がナルトの目から溢れていた。
「小僧、もう……何も言うな」
言わないでくれ。再不斬の表情はそう懇願していた。
あの鬼の目から涙が流れていた。
「白は優しすぎた。忍に向いた奴じゃなかった。オレは、知っていた」
白を忍にしたことを後悔しているのだろうか、もしかすると出会ったこと自体を後悔しているのかもしれない。
「忍も人間だ。感情のない道具にはなれない」
もっと早く気づけていれば、何かが変わったのだろうかとナルトは思う。考えたところで、白が生き返るわけではないのだが、考えずにはいられない。
「小僧。クナイをよこせ」
その言葉に、ナルトは再不斬の思いを全て理解した。
「……うん」
再不斬はナルトから投げ渡されたクナイを口にくわえ、雑兵に向かって行った。一瞬、雑兵は手負いの忍だと侮ったが、その油断はすぐに消し飛んだ。口にくわえたクナイで雑兵をなぎ払い、真っ直ぐガトーだけを目指す再不斬の姿はまさに鬼神だった。
ガトーのわき腹をクナイで突き刺した再不斬の背を、雑兵達が各々の得物で突き刺す。
「仲間の所へ逝きたいのならば……一人で逝け!」
ガトーは苦しげに言い、再不斬は笑う。
「オレは白と同じとこには逝かねぇよ……」
目だけでガトーを睨みつける。
「オレはお前と一緒に、地獄へ逝くんだよ!!」
クナイを引き抜き、背には多くの得物を突き刺されたまま、ガトーの首をクナイで切り裂いた。
ガトーの首は地面に叩きつけられ、再不斬は壮絶な姿で立っていた。返り血と自分の血で地面を赤く染め、仁王立ちしていた。
雑兵は殺されるという本能の警告を聞いたが、その恐ろしさに動くことができなかった。しかし、動く必要などなかった。仁王立ちしていた再不斬はゆっくりとその場に倒れた。
ナルトは再不斬の姿をしっかりと目に刻み付けた。ただ強さを求め、忍として生きようとした男の最期を。
「ナルト!! サスケ君が生きてる!」
仮死状態から戻ったサスケを見たサクラが、嬉しそうに叫ぶ。振り向けば、照れくさそうに片手を上げているサスケの姿がいた。サスケが生きているということは知っていたが、立っている姿を見るとやはり安心した。
「サスケも無事みたいだね」
カカシも安心したように笑う。
「おいおい。安心してんじゃねーぞ!」
まだ残っていた雑兵がナルト達に襲いかかろうとする。
「町にある金目のものを頂いてやるぜぇぇ!!」
ナルトは力を使えない。カカシも再不斬との戦いでかなり消耗しているため、いくら雑魚とはいえ、これだけの数を相手にする自信はなかった。
だが、ナルトは何も心配していなかった。たった一人の存在を信じていたから。
「それ以上町に近づくな!」
怒鳴り声と共に一本の矢が雑兵に向かって飛んできた。
「島の全町民の勢力を持って生かしちゃおかねぇ!」
生きる希望をなくし、暗闇の中で生きていたはず町民達がそこにはそろっていた。誰もが力強い瞳を持ち、ガトーにも対抗しうるほどの強さが見え隠れしている。
その先頭にいるのはイナリ。
イナリの中にある勇気とか先導力とかいう力を引き出したのはナルトだった。上手くナルトの作戦に引っかかってくれたイナリは、町の人々を団結させ、未来へ繋がる力を発揮させた。
だが、ここで町の人々に怪我をさせるわけにはいかない。ナルトは影分身をし、カカシにもするように目で指示した。
結果、数に驚いた雑兵はちりじりに逃げ出した。
「やったーーー!」
特に何かをしたわけではないのだが、自分達が進んで敵の目の前に立ち、その敵が逃亡したということが重要なのだ。
町の人々は沸き立ち、その横ではカカシが虫の息となっている再不斬と話をしていた。
「……終わった、みてぇだな」
「ああ……」
第二十九話