2:私達は振り向かない  いつもの風景がそこにはあった。
 運で指輪を見つけたんだと言われたナルトは、当然の如く言い返した。
「運じゃねーってばよ!」
 そんなことは、全員がわかっていた。
 その気になればすぐにでも見つけれるであろう実力を持っているのを知っているのだから。
 だが、そんなことをナルトに悟られてはいけない。ナルトは騙すことに関してはプロなのだから、一瞬の気の緩みですぐにばれてしまうだろう。
「まあ、運も実力の内ってね」
 カカシがナルトの頭を撫でてやると、少し不満そうな顔だったが、納得したようだ。
 完璧すぎる演技だった。
 何も知らなければ、ナルトは本当にこういう子なのだと間違えてしまうほどだった。
「サスケ君は何もかも完璧だけどねー!」
 まだ不満そうなナルトに、サクラが追い討ちをかける。
 ライバル視しているサスケのことを、好きな女の子が褒めたら、どういう行動をするのかナルトはよく知っていた。
「何言ってんだってばよ!サスケなんかより、俺の方がすげーってば!」
 派手な動作で、手裏剣を投げる。
 だが、手裏剣は全て的から外れ、草むらに消えてしまった。
「も〜。あんた、手裏剣をもっと大事にしなさいよ!」
 ナルトに拳骨を食らわせて、手裏剣を拾いにいこうとするサクラをナルトが止めた。
「いいってばよ。俺が自分で拾うから」
 その言葉と、表情でサクラは理解した。
 きっと消えた手裏剣はしっかり的に当たってるのだろう。
 その的の名前は、暗部。
 おそらくサスケを狙っていて、それに気づいたナルトが手裏剣で始末した。ただ、それだけのこと。
 今、サクラが手裏剣を取りにいったら、間違いなく暗部の死体を見てしまう。
 それは下忍であるサクラへ大きな精神的ダメージを与え、ナルトの正体を知る原因になってしまう。
「そう? じゃあ、早く取ってきなさいよ」
 わかったと言って、手裏剣を取りにいくナルトの後ろ姿を見て、もう全てを知ってるから隠さなくていいのだと言ってやりたくなった。
 もう、死体を見ても苦しくないから。
 死体を見ることよりも、ナルトが我慢している姿を見るほうが辛いから。
 サクラは胸の辺りをギュッと握った。
 ふと横を見ると、サスケとカカシも拳を握っており、同じ気持ちなのだと知った。
「あったってばよ〜!」
 しばらくして戻ってきたナルトには、一滴の血もついておらず、本当にただ手裏剣を失くしただけなのかと錯覚しそうになる。
 鼻につく血の匂いが微かにするが、普通の上忍レベルではわからない程度で、サクラやサスケが、ナルトのしていたことを確認できるのは、演技の中に見え隠れするわずかな表情の曇りだけであった。
「ナルト」
 呼べば笑顔で振り向く。
「何だってば?」
 眩しい太陽みたいな笑顔の中にある、悲しみの表情がサクラ達には見えた。
「あんた、ちょっと立ち止まって、後ろを振り返りなさいよ」
 少しだけ眉を下げて、悲しそうにサクラが言うと、ナルトはどうしてそんなに悲しそうなのかわからないようだった。
 困ったような表情をしたが、すぐにまた笑った。
「俺ってば、火影になるから、立ち止まって後ろを見てる暇なんかねぇの!」
「ふん……。立ち止まられたら、ますます足手まといになるしな」
 サスケの言葉にすぐに反応するその姿は、まさに天才をライバル視しているドベであった。
 立ち止まって欲しい。後ろを振り返って欲しい。
 それは、サクラ達の願い。
 遠くにいるナルトに追いつきたい。
 目をどんなに凝らしても見えないくらい遠くにナルトはいる。
 肩を並べて同じ方向を見ることができないのが、サクラとサスケは悔しかった。
 こんなにも近くにいるはずなのに、かけ離れている。
 たまには立ち止まって、後ろを見て欲しい。
 遥か遠く、後ろの方にいる自分達を見て欲しい。
「あんたが火影になれるなら、私だってなれるわ」
 いつか肩を並べたいと思っている。
「ダメー! 火影には俺がなるんだってばよ!」
 火影になれるのはナルトしかいないと思っている。
 それでも、ナルトが本当に火影になってしまったら、この果てしない距離が現実味を帯びてしまう恐ろしさ。
 ナルトが指輪を持って先を歩く。
「ナールート!」
 再びサクラに名を呼ばれ、ナルトが振り向いた。
 今度は笑顔ではなく、不思議そうな表情。
「私、振り返らない」
「俺もだ」
「じゃあ先生も」
 サクラ達が仲良さそうに並んでいるのを見て、そこに自分もはいっていけるのだとナルトは心の何処かで思った。しかし同時に、一生あの中には入れないのだと思った。
「よくわかんねぇけど、俺も振り返らねぇってばよ」
 拳を突き出して笑うナルトにサクラ達も拳を突き出し返した。
 サクラ達は決して振り向かない。
 後ろを見ても、望む人はいないから。
 望む人はずっと前にいる。