3:私達は裏切らない
本来、失せ物の依頼が来たときは、下忍などが失せ物を探し、見つけたら依頼所に失せ物を預けることになっていた。その後、依頼人が見つかったとの報告を受けて取りに来るのである。
だが、今回の依頼人は、直接家に届けて欲しいと言った。
規則で決められているわけでもないので、了承したのだが、どうも怪しかった。
その証拠、というわけではないが、依頼人の家に近づくにつれて、里人の雰囲気が奇妙になっていった。
道端で井戸端会議をしている主婦も、サクラ達を気にしているようで、お喋りから気がそれている。
もしもそれが、見た瞬間にわかる奇妙さならまだマシであった。今、サクラ達が見ているのは、一見するとごくありふれた日常だというのに、よく見てみるとそれは演技でしかない。
あまりにも奇妙で、あまりにも恐ろしかった。
「何なのかしら……?」
「さあな。ろくなことじゃねぇんだろうが……」
サスケは周りに神経を集中させ、いつ攻撃されても平気なように構えていた。
三歩ほど先にいるナルトは、警戒している素振りは全くなかった。
ナルト程の実力者ならば、警戒する必要もないということなのだろうかと、サクラとサスケは思っていたが、カカシにはナルトが警戒しているのがわかった。
それはとても微かなもので、一瞬で警戒しているのかわからなくなるほどのものであった。
後もう少しで依頼人の家だというときに、ナルトが叫び声をあげた。
「あああ〜!!! 指輪、落としちまったってばよ!!」
心底慌てたような表情に一瞬騙される。
本当はわざと落としたのだ。ナルトが依頼人に持って行っても受け取ってくれないから。だからサクラかサスケに拾わせて、そのまま依頼人の所まで持って行かせようという魂胆なのだ。
「もう! あんたが持ってるとまた失くしちゃうわね……」
あきれたフリをしながら指輪を拾ったサクラが指輪を自然にポケットに入れると、ナルトは安心したように笑う。
反省の色がないと、カカシとサクラで説教をしながら依頼人の家の門をくぐった。
ある程度の予想通り、門をくぐった途端に何人かの男がナルトに飛びかかった。
とっさにナルトを庇おうとしたカカシは、お面で顔を隠した正真正銘の暗部に取り押さえられ、身動きできない状態になった。
「ナルト!」
「やめてよ!」
大人に押しつぶされるような形になっているナルトをサクラとサスケが助けようとするが、それも無駄に終わった。
「離して!」
いくら忍とはいえ、大勢の大人に捕まえられてしまえばそう簡単には抜け出せない。攻撃をしてもいいのだが、ナルトはそれを望まないだろう。
抵抗できずにいる下忍達を見下ろして、大人達は嗤う。
「やっと狐を捕まえた」
「ようやく父さんの仇がとれる」
「さっさと殺そう」
大人達が好き勝手言い出した。
雑音とも言えるその禍々しい言葉を吐く里の者に取り押さえられたナルトは、上辺では驚いていたが内心は非常に落ち着いていた。
いつかこんな日がくると予測していたのだ。五代目火影が里の者を抑えきれなくなり、こうやって自分を捕らえるために罠をはる。恐怖を持った人間が行動するには十分過ぎる理由だろう。
災いの元凶である『九尾の狐』を殺す。
ナルトはこの後のことも予測していた。
自分のことを九尾の狐と罵る里人達、その言葉を聞いて何も知らないサクラとサスケは驚いたような表情をする。その後、怒りの表情を浮かべるのだ。
カカシはもう自分を抑える必要がなくなり、憎しみを瞳に宿すのだろう。
「う、そ……よ」
掠れるような声でサクラが呟く。その表情はサスケと同じ。驚いた表情。そして怒りの表情を浮かべる。
予想通りの展開に、ナルトは知らずに苦笑する。
ちらりとカカシの方を見てみると、そちらも予想通り憎しみを瞳に宿っていた。
「信じられない……」
薄らと瞳に涙を浮かべながらサクラが叫ぶ。
「ナルトはナルトじゃない!!」
予想外の言葉。里人だけじゃなくナルトも驚きに目を見開く。
「全くだ。俺達は知っている」
眉間に皺を寄せ、怒りの表情を見せながらもサスケは冷静に言う。
「ナルトが一生懸命なのも、優しいのも……ね」
マスクの上からでもわかる。優しげな微笑と言葉。
嬉しかった。信じてくれることが、嫌われなかったことが。でも、その反面悲しかった。
これから、その信用を砕かなければならないことに。
「お前ら……狐の味方か?!」
この言葉はナルトの予想通り。
ナルトの味方をするサクラ達を人は『狐の味方』と言うだろう。そしてサクラ達にまで被害が及ぶ。それは、それだけは避けなければならないことだった。
禍々しい笑顔を顔に貼り付けたナルトは、不気味に笑った。
「クックック……。ああ、もう堪えきれない」
何処か狂ったかのような言葉に、サクラ達がナルトを凝視する。
「騙されてるとも知らない愚かな奴らだ。
この俺が本当にそんないい子だと思ったか? 何も知らないで仲間の仇を見守ってくれてありがとう先生。
何も知らないで仲間だと思ってくれてありがとう。サクラ、サスケ」
騙されていた。そういうことにしておけばいい。少し傷つけたかもしれないけど、里で生きれなくなるようなことはなくなる。
ナルトは例え、自分が死んでもサクラ達には生きていて欲しかった。
「お前らみたいな甘ちゃんなんて、大っ嫌いだ」
精一杯冷たい瞳を作る。
いつものように演技ができないのがナルトには不思議だった。元気で、ドジで、マヌケなナルトなら簡単に演じられるのに、冷たくて、冷血なナルトを演じるのは何と難しいことなのだろう。
「こいつらの仲間だなんて、想像しただけでも鳥肌が立つ」
言葉を搾り出す。周りには必死に搾り出していることに気づかれないように。
「どうして……?」
サクラが悲しそうに聞く。
裏切られたと思っている。信じていたのに『どうして?』と聞いている。
ナルトはそう思っていた。
「どうして、泣きながらそんなこと言うのよ!」
サクラの叫び声が辺りにこだました。
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