序章
とらが消えてから一年……。うしおは高校へ進学しなかった。
光覇明宗の法力僧になるための修行をしようと思ってのことだったのだが、光覇明宗も今は色々と多忙であり、週に一、二回うしおのもとにに綱杜がやってきて稽古をつける程度であった。
総本山へ行けばもっと徹底的な修行が受けられたかもしれないが、白面の一件ですっかり英雄扱いのうしおに厳しい修行をかせられる者がいるのか疑問である。
ようやく親子三人そろったのだから、わざわざ総本山に行って離れ離れになる必要もないかとも考えていたが、実際に過ごしてみれば須磨子はお役目様としての仕事が多く、家にいることは少なかった。
そんな風なので、必然的にうしおは一人のことが多くなった。
家に誰も居ない日はとらの居ない孤独をうしおは感じる。
うしお自身はわかっているつもりだ。とらはいつか帰ってくると。しかし、それは自分が生きている間なのかと何度も自問自答を繰り返す。
「とら……とら……」
その名を呼ぶたびうしおの頬を大粒の涙が伝う。何度も繰り返し泣き、涙を堪えることを忘れてしまったうしおは、体を小さく丸めて静かに嗚咽)をもらしていた。
「とらの……馬鹿…野郎……」
嗚咽をもらしながら呟く。呟きと共に思い出すのは太陽のような金色の毛並み、憎まれ口とその裏の優しさ。
今のうしおにあるのはどこか穴のある心と刺激のない毎日だけ。とらがいた頃の日々を遠く思い、うしおはただ泣くばかりであった。
今はまだ、うしおの心を明るく照らす光は見えない。
だが、その時は確実に近づいていた。
うしおは走った。
泣いた。
手を伸ばした。
その手は何も掴まなかった。
泣き疲れて眠っていたうしおは冷汗を流しながら飛び起きた。
ここの所よく見る夢だったが今回の夢はいつも以上にリアルに感じた。
「何も……掴めない」
汗ばんだ手のひらをじっと見ているとまた泣けてきそうになったうしおは、気分を変えようと窓を開けた。
さわやかな春の香りがうしおの鼻をくすぐる。空は原色のように濃い青。風に揺られる木々は特別な楽器のように心を落ち着かせる音をならしていた。
泣くだけ泣いた後だからか、さわやかな自然に触れたからかはわからないがうしおは少しだけスッキリした顔をしていた。
太陽にかざした手を見上げていた時、うしおの口が開いた。それは意識してやったことではなく無意識でのこと。
「獣の槍よ――来い」
妖怪を滅ぼす霊槍、白面の者そしてとらを滅ぼした槍『獣の槍』を呼ぶ。そして掴む。『獣の槍』を。
光がうしおの目を覆った。
第一話 再会