潜む者
望の瞳を見たうしおは、思わず後ろに一歩さがった。
青年と同じくらいの身長があるというのに、望はうつむき、視線を上に向けて全ての者を見上げていた。あの白面と同じ目だった。
「……嘘、だろ……?」
日本中の力をあわせて戦い、ようやく倒すことができた白面が目の前にいる。人間の姿で。黒面のことだけでも精一杯だというのに、再び白面が現れたとなっては、今度こそダメかもしれない。
知らないうちに、うしおの手に力が入る。
シャガクシャの体から白面が生まれたように、今度は望の体から白面が生まれるというのだろうか。
「ずっと、てめぇのことが気に喰わなかった。その理由がわかったぜ」
とらの静かな声に、望はゆっくりととらのほうに視線を移す。
「目覚めるつもりは、なかった」
意外にも、望は悲しげに目を伏せる。
その声があまりにも悲しげで、うしおは思わず望の傍に寄りかける。
「いいのか? 我は主らの敵でないとはかぎらんぞ?」
お世辞にも人のよさそうな笑みではない望に、うしおの足は止まる。
白面には数々の苦痛と悲しみを味あわされた。その記憶が消えることは一生ないだろう。
「おめぇ……。どういうつもりだ?」
とら達がこの世界へきたのは、少年が連れてきたから。だが、あの少年が望をこの世界へ呼んだとか考えられない。ならば答えは一つしかない。白面が、自らの意思でここへきた。
「先はああ言うたが、我は主らの敵ではない」
両手を軽く上げ、自分に敵対する意思はないことを示す。
そんな行動一つで信じられる相手ではないのだが、うしおはほんのわずか心を許す。
「白面。話、まだ終わらないか?」
青年が望に問いかける。
「少し待て」
「……わかった」
予想外にも、青年は望の言葉を素直に聞きいれ、少し離れた場所に腰を降ろした。
「奴は幼い。戦い以外の脳がないと言うた方が正しいがな」
そう言うと、望もその場に腰を降ろした。瞳は相変わらずうしおととらを見上げている。時折目を細め、眩しいものを見るような目をする。
「我は、主らに滅ぼされた後、一度は自然へと還った」
陽に滅ぼされた陰は、無へと帰り、自然の一部となるはずだった。
「しかし、こやつが我を呼んだのよ」
優しく己の肩を撫でる望。いつかのシャガクシャのように、白面が選んだ人間ではなく、望が白面を選んだのだ。
「ただ一人、世界が滅びてもかまわぬとしていた者。我の魂はこやつの中で再び形勢された」
けれども、白面は目覚めるつもりはなかった。二人が世界を救ったことにより、望の中に溢れていた負の感情も徐々に消え去り、このまま望が女と子を成したときにでも、その子供として生まれよう。白面は穏やかにそう思っていた。
負の感情が消え、普通の人間と変わらない存在となりつつあった望を変えたのは、うしおとの出会いだった。
うしおと出会い、疑心と不満、恐怖。消えていた感情が望に甦った。望の中で潜んでいた白面は、そこに黒く手を見た。
「白面は変な奴だ」
唐突に、青年が口を挟んだ。
「闇の生き物の癖に、光りを欲する。
その体を白く輝かせて、己も光であることを主張してる。
光が羨ましくて、憎たらしくて、光になりたがって……。でも、なれないから光を滅ぼそうとする。
滅ぼせば、自分だけになれば羨む必要もないと思ってる。変な奴だ」
無邪気な笑みを望に向け、青年は言葉を続けていく。
「オレ達は違う。闇であることを嫌わない。それでいいと思ってる。
光が欲しいなら、光を縛ればいい。支配してしまいたい。黒は黒であればいい。
そのために――死んでもらう」
突然のことに、うしおは反応できなかった。
先ほどまで笑って話していたはずの青年が、うしおとの距離を一気につめ、その首を片手で絞め上げた。
十三話