明かされてゆく  とらは青年に向け、雷を放つ。だが、青年はうしおの首を掴んだまま容易く雷を避ける。
「主はあやつがおらんと、あの程度の者も倒せんのか?」
 望は喉でおかしそうに笑う。いや、姿は望であるが、その仕草はまぎれもなく白面の者。望であったころの面影は何一つとして残っていない。
「んだと……?」
 とらに睨まれても、白面は飄々としている。
「まあ、見ているがいい」
 そう言うと、わずかな動作で白面は青年との距離をつめる。
 青年はうしおの首から手を離し、白面との距離をとる。
 今は人間の姿をしている白面が、とらの攻撃を容易く避けることができる青年と互角の戦いをしてみせる。うしおはどれほど強大な敵と対峙していたのか、今さらながら思い知る。
 青年が下がれば白面がつめる。白面が下がれば青年がつめる。同じように攻撃と防御が繰りかえされる。
「白面、怒ってるのか?」
 攻撃をかわしつつ、青年が尋ねる。
 うしおととらの目から見ても、白面が怒っていることは明らかだった。そうでなければ、白面がうしお達の手助けとなるようなことをするとは思えない。
 青年の言葉に、白面はニヤリと笑う。
「何を言っている? 我は何も怒ってなどいない。
 目覚める気のなかった我をこのような形で目覚めさせたことも、我の行っていたことを馬鹿にしたことも、何も我の気にはさわっておらん」
 優しい口調ではあったが、その声色は明らかな怒気を含んでいる。
 うしおととらは思わず鳥肌をたてる。気分は過去の最終決戦時だ。
「小僧。お主は光を支配すればいいと、本当に思っておるのか?」
 白面の問いに、青年は距離をとってから首を傾げる。
「……知らない」
 知らないのではなく、わからないのだと、うしおは直感的に理解した。とらもそれは同じようで、青年のことをじっと見つめている。次の言動を待っている。
「オレ個人の意思なんてない。必要ない」
 激しい戦いはやみ、再び会話が始まる。
「え、お前達全員の意思が、黒面の意思じゃないのか?」
 うしおが尋ねれば、青年は首を横にふる。
「まとまるわけがない。オレ達は、黒面の意思に従う」
 黒面の行動の中に、青年達の意思はない。青年達は黒面に力を与え、精神を安定させる。それだけの存在なのだ。
 途端に、うしおは青年が哀れになった。
 意思もなく、ただ力を与えるだけの存在。青年自身は自分の境遇がどれほどものかまったく理解していない。何故ならば、そうあることが当然だから。
「……あれ?」
 うしおは新たな疑問を頭に浮かべた。
 白面は黒面によって、目覚めさせられたと言っていた。さらに、白面は黒面のことを敵だと認識しているらしい。だが、いつかの雨降らしは言っていた。黒面は白面の片割れだと。
「なあ、黒面は、白面の片割れじゃないのか……?」
 自分に向けられた問いに、白面は嫌悪感を丸出しにする。
「このような者が、我の片割れであるはずがなかろう」
 目を見開くうしおととらを横目に、青年は笑う。
「嘘に決まってるだろ。
 白面の名前を使えば、弱い妖怪は簡単についてくる。黒面は白面みたいに妖怪を滅ぼさない。力を増幅させる」
 楽しそうな青年とそれに渋い表情を見せるのは白面。
 うしおととらはすっかり蚊帳の外といった風だった。
 黒面の力を削ぐためにここへきたはずが、いつの間にか戦いは白面と青年のものになっている。間に割り込む必要も見えないので、二人はただ黙ってなりゆきを見守ることしかできない。
 それでも、うしおはどうにか青年を助けたいと思った。
 全てを助けられるとは思っていない。黒面は倒さなければならないともわかっている。だが、あの白面もずいぶん変わったように見える。それならば、黒面も変わることができるのではないだろうか。
 黒面は以前の白面とは違い、全ての生物を殺そうと考えているわけではない。むしろ、仲間になるのならばどのような者でも歓迎する姿勢を見せている。
「うしお」
 普段は使わない頭をフル回転させ、黒面を倒さないですむ方法はないかと考えていたうしおに、とらがささやきかける。
「無理はするな。何をやっても変わらねぇ奴もいる」
 多くの者はうしおと出会い、変わっていく。しかし、死ぬことでしか変われなかった者もいる。そんな者達を見るたび、うしおは心に傷を作る。
 忘れてしまえと言うのは簡単だが、うしおはそうしない。全ての重荷を背負って生きていくつもりなのだ。
 うしおが背負うというのならば、何も言わずとらも背負う。ただ、その荷物は少ないほうがいい。
「……ああ。そうだな」
 悲しげに伏せられる瞳は、うしおがまだ諦めていないことを示していた。


十四話