混ざる 「どう? キミの力は衰え始めてるかな?」
 青い少年は黒面に問いかけた。
「……主はどうして勝手な行動をとる?」
 黒面は逆に問いかける。
 青い少年は黒面の問いに答えず、黙って黒面の瞳を見つめる。
「ボクらは、存在するべきじゃない」
 ようやく出た言葉は、黒面の眉間にしわを作る。
「『安定』『理性』『力』『存在』これがバラバラな生き物なんて、不自然だよ」
「だから、我を消すか」
 黒面は青い少年へ殺気を向ける。あくまでも向けるだけで、けっして攻撃には移らない。移すことはできない。
「消えたいんだよ」
 寂しげな笑みを青い少年が浮かべ、黒面は忌々しげに舌打ちをする。
「『安定』め……」
「ボクを消すならそれもいい。ボクが消えれば、キミもその姿を維持できなくなる」
 青い少年は近くの岩に腰かけた。
 空を見上げ、深く青い空を見る。
「せっかく生まれてきたのにね」
 ポツリと呟いた。
「我は消えん」
 黒面も呟く。
 静かで、穏やかな時間が流れる。生きているということを実感するための時間だった。
「負から産まれ出た白面。負によって生み出された我という『存在』
 同じ負から産まれたというのに、我は不完全だった」
 己の自我を持ち、体を持った白面とは違い、黒面は存在だけを得た。意識も希薄で、何ができるわけでもない。ただの『存在』
 長い時間の中で、幾度となく起こされた争いによって『力』が生まれた。理性的に争いを回避しようとした者達によって『理性』が生まれた。それらを野放しにせぬよう『安定』が生まれた。
 個々では生物となることができなかった四つは、合わさり、ようやく一つの生き物となった。
「ボクらは四つで一匹」
 不安定で、希薄な四つは、合わさることでしか生物になれなかった。だが、それは不自然な存在。いてはいけないものなのだ。
「知っているか?」
 唐突に、黒面が口を開いた。
 青い少年は、黒面の邪悪な笑みに思わず立ち上がり、身を引いた。
「青と、赤と、黄を混ぜると、どのような色になるか」





 赤い青年は言った。
「いつも『安定』は言っていた。
 ――オレ達は存在してはいけない。と」
 うしおにはわからなかった。
 目の前にいる青年は確かに存在しているというのに、存在してはならない理由があるはずがない。
「主らは不自然だ」
 白面が言う。
「生きる物は『存在』し『力』と『理性』を『安定』させている。それがバラバラの存在であるなど、あっていいはずがなかろう」
「……んなの、知らね」
 不自然だと言われ、存在してはいけないと決定づけられた青年は感情のない瞳で呟いた。
 意思があるとはいえ、青年は争いから生まれた『力』そのものであり、細かいことを考えられるだけの存在ではない。消えると言われればそれを静かに受け入れるだろう。
「ただ、お前と戦いたい」
 青年は笑い、再び白面との戦いに身を投じようとした。
「――っ?!」
 地を蹴り、白面の方へと向かうはずだった体はその場に倒れ、青年の瞳は何もない空を見つめる。
 何が起こったのか、全くわからない三人は呆然とその様子を見ていることしかできない。始めに事態を把握したのは白面だった。
「一人になろうというのか……」
 その呟きに、とらも事態を把握した。
「させっかよ!」
 うしおの制止も聞かず、とらは青年に爪を向けた。
 とらの爪があと青年の体を貫く寸前に、赤いその体は灰のようになり、どこかへ消えた。
「な、何が起こってんだよ……?」
 槍を手に、うしおが呟いたとき、世界が歪み始めた。
「うしお! しっかり捕まってろよ」
 とらがうしおを引き寄せ、うしおはとらのたてがみを掴んだ。
 白面は歪み、崩れていく世界を見つめる。
「四つを繋いでた世界が消える」
 とらの言葉の意味をうしおが深く追求する前に、世界が闇へと変わった。


 誰もいない。一人で黒面は笑いながら言葉を紡ぐ。
「赤と青と黄を混ぜれば、黒になる。何者にも侵されぬ黒……」
 黒は黒と混ざり、さらなる黒を生んだ。
「我は消えぬ……。我は生きる」


十五話