からかう
黒面のことが判明してすぐ、うしおは雲外鏡を通して、イズナ達に連絡を取った。
つい連絡するのを忘れていたため、とらが還ってきているのを知らなかったイズナ達は驚き、そして喜んでくれた。しかし、黒面の話をするや否や、その表情は固いものになり、すぐに駆けつけてきた。
「白面の兄弟……また厄介な奴が出てきたなぁ」
イズナが苦々しげに呟いた。
白面を倒すとき多くの犠牲が出た。東西の長は日本の要となるために身を石に変え、和羅の兄、凶羅は死んだ。そして流も白面の犠牲者の一人といえよう。
またその犠牲を払うことになるのだろうか。
「でも……黒面が本当に俺を狙ってくるなら俺は戦う」
うしおの決心したような表情にイズナと雷信は目を見開いた。
恐ろしくはないのだろうか。正直イズナ達は恐ろしかった。また仲間を失うのかもしれないと思うと、次は自分かもしれないと思うと恐ろしかった。
けれどもうしおは言ってのけたのだ。戦うと。
「言うと思ったぜ。まあわしはおめえを喰うまで離れねぇけどな」
とらの素直じゃない言い方にうしおは嬉しそうに微笑んだ。
いつでも、どんなときでも傍にいてくれる片割れがいる。それだけでうしおは戦う勇気を持てた。
「まっ! うしおだけに任せておけねぇよな!」
まだ恐怖は残っているが、目の前にいる二人にそんな熱いところを見せつけられては言わずにはいれない。
どちらにせよ、やらねばならぬのだ。覚悟は早いうちに決めたほうがいいに決まっている。
「もちろんです! 私達も共に戦います」
雷信がイズナに続く。その瞳には揺らがぬ意思が見えている。
そんな兄の姿を真似るかのようにかがりも頷いた。
「みんな……ありがと」
うしおが今にも泣きそうな顔でお礼を言う。
危険なことに変わりはないというのに、一緒に戦ってくれる仲間がいるというのは何とも嬉しく、素晴らしいことだ。
「わしだけでも十分だけどな」
皮肉を言っているようだが本当は感謝していることをその場にいた全員が知っている。
素直じゃない言い方など気にならない。心が一つになっている今ならば、どんな言い方であろうと本心は伝わってくる。
「美しい。美しいですねぇ……」
突如外から声がした。見知らぬ声。禍々しい声。
声の主の気配など微塵も感じなかったはず。だが確かに声が聞こえた。うしお達は戸惑いつつも外を見た。
そこにいたのは一人の男。夜の闇のように真っ黒な髪と血のような紅を瞳に宿した奇妙な者であった。
「お前は……誰だ?」
うしおが警戒しながら男に尋ねる。
男はその場にいるだけでうしおの威圧感を与えた。睨んでいるわけでもない。男は本当にただそこに立っているだけなのに。
「おやおや、私としたことが」
うっかりして買い物をし忘れたと同じ言い方で男は言う。
「私は黒面の分身でございます」
赤い目を細くしてうしお達に微笑みかけてきた男こそ、今さっきまで話していた黒面の分身だった。
まさかこんなにも早く襲ってくるとは思っていなかったが、うしお達は持ち前の反射神経で即座に戦いの構えをとった。
「勘違いしないでください。このたびはあなたたちに挨拶をしに参りました」
黒面の分身は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
そこからはうしお達を襲おうなどと考えている様子は微塵も見えない。
「私は、白面とは違います。
あの者のように陽を恐れ、羨ましがるなど私はいたしませぬ。そして私は白面とは違い、全てを滅ぼそうとは考えておりませぬ。
あなた方が、こちらにつくのなら……殺しはいたしません」
丁寧な口調の中には隠し切れない殺気が混ざっていた。白面よりも純粋で、禍々しい殺気。常人ならば失神してもおかしくないものだったが、うしお達はそれくらいで怯えるような神経はしていなかった。
「誰がお前なんかにつくか!」
うしおの真っ直ぐな言葉にとら達が無言で頷く。
その様子を見て黒面の分身はまたしてもクスクスと笑い出す。心底楽しそうに。心底歪んだ笑みを見せた。
「そうか……。くっくっく……では、お主と戦う日を待ちながらもう一眠りするとするか」
途端に口調も雰囲気も全て変わった。ただでさえ禍々しかった雰囲気はさらにおぞましく、粘着性のあるものへと変わり、丁重な口調は好戦的に変化した。
邪気が溢れる笑みを残し、黒面は去って行った。
本体がどこにいるのかも、何故日本を狙うのかも、何も告げずに行ってしまった。
「くっそー! なんだあの人を小馬鹿にした態度は!」
「ぶっ殺してやる! 覚悟しとけ!」
黒面の態度がよほど癪に障ったのか、両者似たような反応をするうしおととらを見て、イズナは思わずにはいられなかった。
「まさかよぉ……。黒面はこれを狙ってる……。なーんてことねぇよな?」
悔しげに地団駄踏む二人の反応は見ていれば面白く、微笑ましいものでもあった。見慣れたイズナ達にとっても見ていて楽しいそれは、黒面から見ればさらに楽しいものなのではないだろうか。
戦うこともでき、遊ぶこともできる最高の玩具。それがもしかしたらうしおととらなのかもしれない。
第六話 記者