記者  ある晴れた日、うしお達に波乱をもたらす人物がこの町に現れた。
「さて……ここに僕の望む人物はいるかな?」
 この男はとある新聞会社の記者で、名を<のぞむ/Rt>と言った。まだ記者としては若く、今は一年前の白面との戦いに貢献した少年を捜している。
 白面の脅威が去った直後にも少年探しは各局で行われたが、結局誰一人探し出すことはできなかった。唯一、少年と接触したことのある守矢記者は少年について一切語ろうとしない。守矢記者曰く。
「あいつのことをべらべら喋ってたら、命が幾つあっても足りない」
 だそうだ。
 守矢記者の言っている意味を正しく理解した者は少ない。正しい意味。すなわち、うしおのことを探れば妖怪からも人間からも命を狙われかねないということである。
 この青年、望むも守矢記者の言葉を正しく理解していない者の一人であった。
「分かってることは髪が長く、槍を持っていて『とら』という妖怪と一緒ってことか」
 獣の槍の効果で髪が長くなっていることなど知らない望は髪の長い少年を必死に捜していた。
 あの髪の長さならかなり目立つだろうと思い、簡単に見つけられるだろうと思っていた望だが考えが甘かった。
 大体から、本当に目立っているならば、もうとっくの昔に見つけ出されているはずである。
「でも……あの白面を倒すような奴なんだから、妖怪の大将だったりして」
 顔を青くしながら言う望はもともと臆病な性格で、白面との戦いの後、妖怪に対してさらなる恐れを抱いていた。
 にも関わらず、うしおを捜しているのは単なる興味と、もし見つけれれば記者として功績を上げられると考えているからである。
 この記者がこの町に来たのは、勘。そして奇妙な夢を見たため。
 黒い髪に紅い瞳の男がここに来い。と、まるで抜け出すことのできない悪夢のように囁き続けるのだ。
 悪夢から逃れるかのように来たこの町。望はあきらめ半分で髪の長い少年を捜し始める。
 少年も、この記者もまだ出会っていない。
 そしてこの後の騒動も知らずにいる。
 望はいつも話を子供に聞く。望は大人よりも子供側の年齢だ。会社では舐められるこの欠点を、どうせならばと望は有効活用した。子供側に分類される望の話しを子供は比較的素直に聞いてくれ、情報を提供してくれる。
 大人の方が情報を持っていると思うのは大間違いである。子供は大人の知らない情報を持っていることが多いのだ。
「ねぇ、君! この辺にさあ、髪の長い……えっと、あの『白面』と戦った少年を知らないかい?」
 記者が尋ねるとその少女はただ一言「知らない」と答えた。
 いくらこの町にうしおが住んでいるとはいえ、うしおと白面を倒した少年の関係を知っている人物は限られている。
「今回もハズレかな〜」
 などと望がぼやいていると、道の向こうから少年がが歩いてきた。
 何故か帰ろうと思っていたことなど頭から抜け、もう一度だけ聞きたくなった。望は最後の望みを少年にかけ、少年に声をかけた。
「ねぇ。君さあ、髪の長い少年知らない?」
 望の質問に少年は笑いながら答えた。
「髪の長い人ならたくさんいるじゃないか。お兄さんおっかしいの」
 少年は、いやうしおは悪気なく言った。望の方も自分の質問のしかたが悪かったと、思い直しもう一度言おうと口を開けた。
「いや、そうでなくて――」
 望は最後まで言うことが出来なかった。
「お兄さん!?」
 うしおがとっさに手を伸ばす。その手は望の手を掴んだ。うしおは何とか望を助けようとしたのだが、望は道の中から出てきた妖怪に飲み込まれてしまった。
 望を助けようと、手を掴んでいたうしおも共に妖怪に飲み込まれ、誰にも見えなかったがうしおと共にいたとらも妖怪の腹の中へと入っていった。。
 妖の腹の中と思われるその場所は周りが硬く、まるで金剛石ダイヤモンドのようであった。
「硬いな〜」
 この危機的状況で、のんきな声を出しているうしおに望は腹を立てた。自分は恐ろしくてたまらないのに、目の前にいる少年が平然としている。それが不思議と許せなかった。
「君は! こんな状況なのにどうしてそんなにのんきなんだ!?」
 望の怒鳴り声にもうしおは動揺することもなく微笑んだ。
「だって俺、けっこう慣れてるから」
 その言葉は、その微笑みは、どこか重さを感じるものだった。
 普通に生まれて、普通に学生時代を送って、何となく記者になった望には到底理解できない重みであった。それは何十年も生きて、様々な体験をした者だからこそ出せるその重み。そのことに望は気づかなかった。
「どうする? …………へーそういう奴なんだ。」
 何やら独り言を言い始めたうしおを見て、望はこいつは何処かおかしいんだと考えた。おかしいからこんな状況でも平然としていられるんだと決め付けた。
 望がそんなことを考えている時、うしおはとらにこの妖怪のことを聞いていたのだ。
 この妖怪の名は『下食い』地面の下から人を襲ういけ好かない妖怪だととらは言った。
 ここに来てとらが姿を現さない理由はただ一つ。望が信用ならない人間だと感じていたからだ。あのどこか負の雰囲気を纏わせている体、光を見せない瞳。黒面とも、流とも違う望の雰囲気をとらは警戒していた。
 もっとも、うしおに何かあればすぐにでも姿を現すつもりである。
「じゃあいっちょやるか」
 常に持っている獣の槍を手にし、戦闘態勢に入ったうしおは髪が伸び、全体的な雰囲気が変わった。
「あっ……おっお前……」
 驚く望を見て、うしおは少し悲しそうに笑った。驚かれるのには慣れていた。そして恐れ、嫌われるのにも慣れていた。
 うしおは覚悟を決めて下喰いの肉壁を獣の槍で突き刺した。そのため胃が刺激され、胃液が大量に分泌された。
「うわあああああ!! 何てことするんだ! 死が早まっただけじゃないか!!」
 この危機に慌てることしかできない望はうるさく喚いた。
 そんな望の喚き声をうるさく感じながらもうしおは下食いの分厚い肉壁を破ろうと力を込める。だが固い肉壁は中々破れず、時間と共に足元の胃液でうしおたちの靴は見る見るうちに溶けていった。
「たっく何やってんだよ?!」
 見かねたとらがとうとう姿を現し、下食いの肉壁に雷を落とす。そのタイミングでうしおも獣の槍をさらに深く差し込み、上へ振り上げ切り裂いた。
 下食いの腹から出ればそこは先ほどの道で、幸い人っ子一人いなかった。助かったことに安堵しているうしおだったが、望がシャッターを押す音に驚いて振り返った。
「妖怪め!! 見てろ! 日本中にお前の正体をさらけ出してやる!!」
 とらの考えは当たってしまった。
 基本的に妖怪を悪しき者として見ている望は髪が伸びて妖怪を連れ、人間とは思えない神経を持つうしおを人間とは認めなかった。
「待てよ! 俺は人……げ…ん…だよ」
 最後のほうには声が消えている。うしおは自分でも時々本当に自分が人間なのか自信がなくなるのだ。人間離れした運動神経。とらがくれた青い玉のブレスレットがなければ、獣の槍を使い妖怪になる危険があるのだ。
「何と言おうが俺はこれで記事を書いてやる!!」
 望は恐怖と憎悪をその瞳に宿し、そのまま走り去ってしまった。胃液で靴も溶けてしまい、裸足のままで。
「馬鹿だな……何なら喰って……じゃない殺してきてやるぜ?」
「馬鹿……どっちもだめに決まってんだろ」
 とらなりの励ましに応えたうしおの頭に水滴が落ちてきた。
 その水滴はどんどん多く落ちてくる。うしおがこれは雨だと認識したのは降り出してから五分程してからであった。
 思考にもやがかかったようで、上手く物事を認識できない。
「おやおや……。同じ人間に嫌われてしまいましたね……」
 おかしそうに言うのは黒面の分身であった。
 一体いつ間にきたのかなど今のうしおには関係ない。
「ねぇ? 人間なんてこんなものですよだからこっちへいらっしゃい」
 黒面の分身が手を差し伸べる。しかしうしおはそれを払い、怒りの眼差しを黒面へ向ける。
「お前が……あの兄ちゃんをここに呼んだんだな?!」
 不意に冴えた思考が言った。こいつが全てを仕組んでいたのだと。
「侵害ですねぇ……。私はあの者の望みを叶えなのですよ? 白面を倒した少年に会いたいという望みをね………?」
 望みを叶えたと言われると、うしおは反論できなかった。人が喜ぶことをするのはいいことだ。人の望みを叶えてあげるのを責めることはできない。
 そんな性格を黒面はよく知っているのだ。
「我はな……。お主と戦うのも楽しいと考えておるが、仲間になればなおよいと思うておるぞ」
 心底楽しそうに言うと、黒面の分身は消えていった。

第七話 旅立ち