旅立ち  望が来た数日後には、新聞にうしおのことが書かれていた。

『東京都 ○市に住むA少年があの白面と戦った少年と判明。
 しかし我が日本を救ったはずのその少年が、妖怪の仲間で我々人間を滅ぼそうとしていることがあきらかになりつつある。
 A少年と会いったN記者はこう語る。
「恐ろしい存在でした。妖怪を従え、いとも簡単に他の妖怪を倒していました。私もこれだけなら何とも言えないのですが、A少年は私と共に妖に食べられたときも平気な顔をしていたんです。すなわち彼には自分だけは助かるという自信があったのではと考えたのです。彼と妖怪が仲間ならば、それも可能だと僕は考えています」』

 この記事を見て、うしおたちの住んでいるところに来る人が増えた。ある種の有名人に会いたいのか、妖怪と手を組んでいるというのが本当なのか確かめにきたのか。それはわからない。
 新聞に載っている人物が分かった者のうち、うしおの近所の者はうしおの家へ自然と集まった。
「ちょっと大丈夫〜?」
「何があったの?!」
「また何か無茶したんでしょ?」
「何であんな事書かせてんだよ!」
「何とか言ってやらないと駄目だよ!!」
 麻子・真由子・礼子・賢・キリオの順で次々うしおに声をかける。あの記事にそれぞれ不満があるのだろう。
 うしおがとらという名の妖怪といるのは仲がいいから。簡単に敵を倒せるのはその経験のなせるわざ。どんな状況でも平気なのもその経験と相棒と獣の槍のおかげ。
 理に適っている。どこにも批判される要素はない。むしろ褒め称えられるべきなのだ。全てを知っている者にとってはあの記事は侮辱にしかならなかった。
「まあ……腹は立つけど、親父たちが何とかするって言ってたし……」
 少し困ったような顔をするうしおに、みんな何も言えなくなった。
「うしお!!」
 沈黙を破ったのは帰ってきた紫暮であった。
「おっ親父?!」
「うしお! お前には今一度旅をしてもらうことになった」
 紫暮の言葉に一同は唖然となった。
「なっ?! 何でだよ親父!!」
 さすがに驚きの声を上げるうしおに紫暮は説明した。
「あの望…とかいった男は一筋縄ではいかんでな……これから恐ろしいことになるやもしれん。
 だからうしお、お前は今一度北海道の叔父さんの家へ行け」
 紫暮に言われ、どうして旅立たねばならないのか、どこへ行くべきかはわかったが、納得がいかない。あの光覇明宗がてこずるほどの存在とは一体なんなのだろう。
 そんなことを考えていたが、元来物事を深く考えるタイプでないうしおはとりあえず旅の仕度をし始めることにした。考えるよりもまず行動。
 うしおが旅の仕度をしている間、うしおの家に集まっていたみんなは望に対しての不満をもらしていた。
「助けてもらったくせに酷いわよね?」
「うしお君がここからいなくなる必要なんてないのに」
 そんな中、キリオは気づいた。いつもうしおの傍らにいるとらが今日はいなかった。
「ねぇ…とらは?」
 キリオの一言でみんなとらの存在がないことに気がついた。何処へ行ったのだろうと皆が首をひねったその時、二階から雷の音か聞こえた。
 雷の音が鳴り止まぬうちに二階から怒鳴り声が響く。
「何すんだよとら!!」
「ああ? わしはお前を喰うためにいるんだぜ?!」
 いつもの怒鳴りあいをしている二人は、いつもの二人で、自分たちがどうこうしなくてもこの二人なら心配ないないと麻子たちは思った。所詮全ては本人たちの問題、部外者にはどうしようもないのだ。
「もう! あんた達!いいかげんにしなさーい!!」
 麻子が喧嘩を止めて、うしおは旅の準備を再開した。とらもぶつぶついいながらも、おとなしくしていた。
 出発は明日の早朝に決まっている。
 明日からまたうしおととらの壮絶な旅が始まる。今はひと時の休息。
 日がまだ昇る前、うしおととらは出発する。
 見送りにいるのは両親と麻子・真由子・礼子・賢・キリオだけである。
 とらがうしおを乗せて北海道まで行くのが一番早いが、空には黒面の手下がいる可能性が大きい。人目につく乗り物は念のため避けることにしたため、うしおととらの旅は前のたびと同じくほとんどが歩きになってしまった。
「気をつけてね」
「早く帰ってきてね」
「危ないことはしないでね」
「怪我すんなよ」
「頑張ってね」
「叔父にはしっかり話をつけてある」
「しっかりするのですよ」
 みんなから一言ずつもらってうしおは寺の鳥居をくぐり旅立ちの一歩を踏み出す。
 うしおが振り返ると心配そうな顔ばかり、それでもうしおはいつもどおりの笑顔で別れを告げる。
「いってきます!!」
 うしおは照れくさいのか駆け足で神社の石段を駆け下りて行く。うしおの姿が見えなくなるまで見送りの皆はずっと見ていた。
「今回もお前と二人だな」
 見送りの皆が見えなくなった頃、うしおは楽しそうに肩に乗っているとらに話しかけた。
「けっ、わしはお前に取り付いてるからな」
 憎まれ口を叩きつつも、嬉しそうな顔をしているとら。
 前の旅のときのような話をして、二人は旅立った


第八話 少年