暗闇の世界
少年の手に集まった青い光りが弾けたと思った時には、うしおととらは真っ暗な空間にぽつんと立っていた。
「ここは……どこだ?」
辺りを見回してみるが、やはり何も見えない。とらがこの世に戻ってくる前にいた場所に似ているかもしれない。
「ここはね、全てが見えるけど何も干渉できないそういう場所さ」
二人だけだった空間に薄い水色の髪が現れた。
「全てが見える……?」
「何も干渉できない?」
うしとととらが同時に首を傾げる。少年の言っていることはよくわからない。
首を傾げている二人に、少年は静かに頷いた。
「そうだよ。ここには過去も未来も現在もあるけど、そのどれにも干渉はできないんだ」
少年の説明にさらに二人は首を傾げる。
「あ〜。えっと、だから……。今は真っ暗だけど、この世界は景色が度々変わるんだ。
それは過去の景色であり、現在、未来の景色でもある。でも、そのどれにも干渉はできない。過去を変えることも、未来を変えることもできないんだ」
わかったような。わからないような。そんな奇妙な気持ちになってしまったが、二人はとりあえず納得しておくことにした。これ以上首を傾げていては話が続かないだろう。
「で、どうしてわしらをここに連れてきた?」
とらの質問に、少年はすぐに答えた。
「ここにいる黒面の片割れを倒して欲しい」
少年の言葉はこの世界の説明以上にわけがわからなかった。二人のそんな表情を読み取ったのか、少年は言葉を続けた。
「黒面の本体はとても強い。その強さは黒面の片割れからきてるんだ。
片割れを倒せば、黒面の力は半減する」
この世界でうしおととらが干渉できるのは、黒面の片割れだけなので、会えばすぐにわかるだろうと少年を言う。簡単そうに言ってくれるが、それはとてつもなく難しいことだ。
世界の広さがどの程度のものかはわからないが、そう狭くはないだろう。そんな場所で黒面の片割れを探すのはほぼ不可能に近いのではないのだろうか。
「…………ごめん。もうボクはここにはいられない。その代わり、君の腕輪にまじないをかけてあげる」
少年の手に青い光りが集まり、その光りはうしおがとらから貰ったブレスレットに吸い込まれていった。もともと青かった玉はさらに青みを増したように見える。
「黒面の片割れがいる方向に腕輪を向ければ光るから。だから、片割れを倒してね」
懇願するかのような表情で少年は言い。そして消えていった。
暗闇の世界に残されたのはうしおととらだけであった。
「……マジ、かよ」
少年の言っていたことを疑うわけではないが、こんなところに放置されるなどとは思いもよらなかったため、思わず言葉が漏れる。だが、こんなところから抜け出す術も持たぬうしおはここで黒面の片割れを探すことしかできない。
「とりあえず、片割れがどの方角にいるか確かめたらどうだ?」
とらにしてはまともな提案に、うしおは頷き、ブレスレットを四方八方に向けてみた。
「あ…………」
右斜めの方角にブレスレットを向けた時、玉がわずかに光った。
「向こう……かな」
「行ってみっか」
とらの言うことに賛成し、うしおが一歩踏み出した。
途端、周りの景色が変わる。真っ暗だった世界に、色がつき始めた。
「ここは……」
周りの景色はうしおにも見覚えのあるものだった。
古びた寺に、同じく古びた蔵。そこはどう見てもうしおの家だった。
「うしお〜!」
「うるせー。男女!」
駆けてくる子供二人の顔にももちろん見覚えがある。
「オレと、麻子だ……」
真っ直ぐうしおの方に走ってくる二人を見て、慌てて避けようとしたうしおだが、それは必要のないことだった。
避けきることができなかったうしおだったが、幼い頃のうしおと麻子は今のうしおをすり抜けて行ってしまった。
「干渉できねぇってわけか」
少年の言っていたことを実感したうしおは、奇妙な気分になっていた。目の前にいるのも自分。ここにいるのももちろん自分。
うしおが戸惑っている間に、景色は再び変わる。
次に現れたのは見覚えのない景色だった。
「とらぁ!」
「うっせーな」
周りの景色を見ていたうしおととらの横を黒く長い髪を持った青年と、金色の妖怪が通った。
「――――!」
二人は同時に通り過ぎて行った者達を見る。
それはどう見ても自分達であった。
銀の槍を持った青年と金の妖怪は仲良さげに道を歩いている。これは、未来の姿なのだろう。
「あれが未来だとすっと、黒面は倒せたみてぇだな」
とらの発言に、うしおが目を見開く。
そうだ。少年は言っていた通り、だとすれば。今見ている景色が未来のものだとするならば、黒面は倒せたということになる。
肩の荷が降りたと言わんばかりの表情をするうしおの耳に、知らぬ声が届いた。
「そーいうわけやないで。未来はこれからどんどん変わる可能性のあるもんやからな」
声の聞こえてきた方向には、金髪で体格のいい兄ちゃんが立っていた。
十話