あいつの大切な弟の独立を手助けしたのはオレで、あいつはそれを恨んでる。
 昔から仲は悪いほうだった。だけど、あの出来事で決定的になった。オレ達の間には大きな溝ができたんだ。いくらオレがあいつのことを好きでいたって、これはしかたのないこと。
 見守ることができていればいい。会えば喧嘩して、時々飲みに言って愚痴でも言いあえる仲で十分だったんだ。
「なあ。自分、イギリスに言わへんの?」
 オレの悪友の一人、スペインがニヤニヤしながら聞いてくる。
 こいつはオレの恋心を知る数少ない奴の一人。
「近づいて欲しくないくらい嫌いなんだ。頼むから死んでくれ。ってか?」
 絶対に言わないような台詞を言うと、スペインはあきれたような表情を見せる。
「はあ。そんな言うてたらバチあたんでー」
 どんな罰だってお兄さんには勝てませんよ。
 第一、オレのマジな恋が絶対に叶わないっていうのが、既に最大の罰だもん。これ以上のものなんてないさ。
 気づかぬうちに悲しげな顔になってたのか、スペインが申し訳なさそうに謝ってくる。べつにいいんだけどね。
「そろそろ戻らないと、またドイツに怒られるぞー」
 会議の休憩時間が終わろうとしている。お兄さんとしては、少しくらい遅刻した方が優雅でいいと思うんだけど、ドイツは怒ると怖いからね。さっさと戻りましょったら戻りましょ。
 休憩時間が終わるギリギリの時間に部屋に戻ってきたオレとスペイン。まあ、アメリカがまだだから、もう少し遅くても問題はなかったと思うんだけどね。
 オレはイギリスの横にある自分の席に座り、アメリカがくるのを待つことにした。というか、この席位置おかしいよね? オレとイギリスの仲が悪いのはどこの国でも知ってるのに、なんで隣同士になってるの? 地理的な問題?
 ちらりと横にいるイギリスを見てみると、どこか様子がおかしかった。
 そういえば、いつもならオレが横に座ると同時に「もう少し時間に余裕を持ってこれないのか?」だとかぶつぶつ言ってくるのに、今日はそれがなかった。
「イギリス。具合悪い?」
 最近、イギリスは景気がいいはずなんだけど……。と思いつつも、聞いてみる。何と言ってもアムールの国ですから!
「――――何でも、ない」
 ありえないくらい覇気がない。
 オレの目を見ようとしない。むしろ顔を上げようともしない。ずっと下を向いている。
「本当に大丈夫かよ?」
 焦って問い詰めるが、イギリスは何でもないと繰りかえすばかり。
「ヒーローは遅れて登場するものさ!」
 イギリスから何か聞き出そうとしている間に、アメリカがやってきてあれよあれよと言う間に会議が始まってしまった。
 会議の間もイギリスのことが気になって、ドイツの話しなんて少しも頭に入らなかった。どうせ、何も決まらずに終わっていくということもわかってたから、どうでもよかったんだけどね。
 予想通りというか、いつも通りというか、何一つ決まらず会議は終わった。オレはイギリスを引き止めようと思ったんだけど、上手い具合にかわされてしまった。
 心配だったけど、オレにはどうしようもできなかった。
 からかいに行くと称して様子を見に行ってもよかったんだけど、あいにく仕事が溜まっていて、遊びに行くヒマなんてなかった。結局、オレは一ヵ月後の会議までイギリスに会うことはなかった。



 会議の日、オレは珍しく早く部屋についた。いつも一番にやってくるイギリスに会おうと思ったのだ。
 部屋には、予想通りイギリスが座っていた。いつも通りの髪に服装。一見いつも通りなのだが、目の下には隈ができ、顔は少々やつれていた。
 付き合いの短い者にはわからないかもしれないが、オレやアメリカならすぐにわかるほどのその変化にオレは言葉がでなかった。
 本当に何があったと言うのだろうか。
「イギ、リス……」
 名を呼んでも、イギリスは返事をしてくれなかった。
 下を見たまま顔を上げない。
「なあ、返事しろよ!」
 イギリスの肩を掴み、怒鳴りつけるようにいうと、イギリスは勢いよく顔を上げてオレを睨みつけてきた。
 ただ、その瞳にいつもの強さはなかった。
 濁った、弱々しい瞳だった。
「離せ」
 小さく呟き、オレの手を払う。それもやはり弱々しかった。
 しばらくオレ達は見つめあったが、イギリスが先に目を逸らし出て行ってしまった。
「何があったってんだよ……」
 悔しくて机を叩いた。
 愛しい人があんな風になっているというのに、何もできない。こんなことではアムールの国を名乗る資格はない。
 イギリスは会議が始まる直前に帰ってきた。しかも、ギリシャと席を変わってもらったのか、いつもはイギリスがいる席にはギリシャがいる。
 オレはイギリスの様子を見てたいのだが、残念ながら、オレの席からはイギリスを見ることはできなかった。イギリスを見ようとすると、ドイツから叱咤の声が飛んでくるのだ。
 まあ、当然のごとく今回の会議もオレの頭の中にはのこらなかった。
「あの、何かあったのですか?」
 会議が終わった後、やはりさっさと帰ってしまったイギリスにため息をついていると、日本が話しかけてきた。
「何かって?」
「今回も前回も喧嘩されてなかったので……」
 喧嘩をしてなくて心配されるなんて、変わったこともあるものだと思ったけど、確かにお決まりとなりつつあったオレとイギリスの喧嘩がないというのは、ちょっと気になることなのかもしれない。
「う〜ん。別に…………」
 言いよどむオレを見て、日本はそれ以上追求しなかった。
「フランスさん。あなたはイギリスさんの全てを知ってるわけではないのですよ」
 ただ、日本は意味深な言葉を残して去って行ってしまった。
 イギリスの全てを知ってるなんて思っちゃいない。日本に言われる間でもなくわかっている。でも、あの日本が言い残して行った言葉だから気になる。
 偶然にも、一週間くらいはヒマな日が続くから、イギリスの家に行けないこともない。まあ、世界のお兄さんとしては、イギリスがあんなんになってるのは忍びないわけでして。
 はい。本当は心配でしかたがないんです。イギリスがあんなんになった理由が知りたくてしかたないんです。
 というわけで、行かせていただきます。


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